<津波訴訟 遺族の思い>愛媛大法文学部教授・小佐井良太さんに聞く 命の重さ、司法は受け止めて

[こさい・りょうた] 九大大学院法学研究科博士課程修了。久留米大非常勤講師、愛媛大法文学部准教授を経て2017年から現職。専門は法社会学。熊本市出身。49歳。

 仙台、盛岡両地裁で計15件提起された東日本大震災の主要な津波訴訟では、行政や企業の責任が問われた一方、遺族の思いが裁判で実現されず、もどかしさを募らせたケースも多かった。背景に何があるのか。津波のほか、飲酒事故など多くの犠牲者遺族を調査し、事件・事故の紛争解決や人身損害賠償の在り方を研究する愛媛大法文学部の小佐井良太教授に聞いた。
(聞き手は報道部・柴崎吉敬、関根梢)
 -一連の訴訟では、司法に不満を募らせる原告の遺族が多かった。
 「複数の遺族は提訴に至る過程で被害の真相について十分な回答が得られなかった。被害を人災と捉えて事実を解明し、責任を追及する唯一の場が裁判だったが、制度の限界があった。裁判所は法的責任の判断に必要な範囲でしか事実認定を行わないためだ」
 -和解による終結が全件の半数以上を占めた。
 「和解でしか得られない謝罪を求める思いも遺族に働いたと考えられる。大きな組織ならばある程度、訴訟を弁護士に任せられるが、遺族が裁判を闘い続ける心身の負担は重い。審理が進み、真相究明はできないと悟って諦めを抱く遺族もいた」
 「裁判所や法曹関係者の間には、(原告が)謝罪や再発防止などを求める事案では、双方が歩み寄って和解に至るのが紛争の実態に即した望ましい解決だとの価値観もあり、訴訟指揮に影響した可能性がある」
 -司法の機能と遺族の感情の隔たりが明らかになった。溝を埋めるためには。
 「遺族が裁判の限界を意識しながら達成感を得られる形で裁判を利用できるかが肝心。裁判は半ば強制的に相手を協議の場に着かせることもできる。心に折り合いをつける手段として、機能を生かすことができればよい」
 「裁判所も中立公平な立場で判断を下すのはもちろん、失われた命の重さを正面から受け止めるべきだ。裁判官の言葉の端々や指揮を通じ、おのずと伝わる。結果を問わず遺族の一定の納得感につながるだろう」
 -提訴した遺族の思いが正しく理解されず、一部では誹謗中傷も飛び交った。
 「日本は歴史的にも自然災害で多くの命が失われてきた。命を金に置き換えて考慮する金銭賠償の考え方は近代法の原則だが、社会には昔から根強い忌避感や紛争への拒絶反応がある。根底には災害による犠牲を仕方ないとみる発想や、『つらいのはあなただけではない』と我慢を強いる同調圧力があるとみられる」
 -15件の訴訟が提起された意義をどう捉えるか。
 「相手は行政や企業、学校などさまざまで、提起された課題は多岐にわたる。防げたはずの犠牲をなくすために何をどう変えることができるのか。社会全体が遺族の問いに学び、考えるべきだ」

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