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愛されて47年 10月に幕 【特集】人情も味 ドライブイン

 国道沿いなどで見かけるドライブインの多くは、昭和や平成から営業を続けるドライバーのオアシスだ。中高年には懐かしく、若者には新鮮な空間。レトロな店の扉を開ければ、人情あふれる店主や、味・ボリュームともに満点の料理が出迎えてくれる。知れば知るほど好きになる、宮城県内のドライブインを巡ってみよう!

複数のおかず 定食類充実

アジもつセット定食 (1050円)。アジフライは「生のアジじゃなきゃ駄目」と食材を厳選。もつ煮込みはぷるぷるのモツや野菜などの具に味噌だれが染み込んでいる

<ドライブインサザエ>

 亘理町の南北を貫く国道6号沿い、緑と白のツートンカラーの建物が目印の超人気店だ。昼時は車が続々と駐車場に入ってくる。

 店主の太田幸男さんは脱サラし、子育ての最中だった妻昭子さんと1975年のクリスマスに店を始めた。「季節の行事を忘れてしまうほど必死でした」と2人は振り返る。

 80年代後半のバブル期はトラックドライバーが大半を占めた。あるドライバーのアジフライともつ煮、どっちも食べたいなぁ」という一言で、看板メニューの「アジもつセット定食」が誕生。複数のおかずをセットにした定食を増やした。昭子さんは「大衆食堂のような感じでやってきました。おいしいと喜んでもらえるのが幸せ」とほほ笑む。

 宮城県内で震度6強を観測した3月の地震で建物が被害を受け、10月末に店じまいすることを決めた。幸男さんは「地震の被害がなければ、あと10年は続けたかった。後継者がいないので店舗の建て替えは考えませんでした」と打ち明ける。

 夫妻と一緒に働くのは平日4人、日曜は8、9人。30年以上のベテランもいて、閉店を告げると涙ぐむ人もいたという。幸男さんは「最後の日までいつも通りです」と力を込めた。

注文ごとにパン粉をまぶして揚げるアジフライは衣がさくさくで、中の身はふっくら。「5分以内に食べてほしい」と幸男さん
小上がりとテーブル席がある。 客層は時代で変化。東日本大震災後は平日が働く人々、週末がファミリーや観光客でにぎわう。近年は女性も多い

亘理町吉田南堰上1-1
TEL0223-34-4620
営/月・水曜10:00~15:00
  火・木・金曜10:00~19:45
  日曜11:00~15:00
休/土曜、8月13日(土)~16日(火)
駐車場/50台(大型車可)

独自の雰囲気が魅力

昭和のドライブインを語る伏谷さん(右)と 森本さん

 かつて宮城県内には多くのドライブインがあった。昭和後半の世相に詳しい映像プロデューサー伏谷宏二さん(多賀城市出身)と、青葉区一番町で「カフェバーThe1965」を経営する森本淳子さん(仙台市出身)に話を聞いた。

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 ドライブインは、幹線道路に面した駐車場を備えた商業施設を指し、飲食店を備えていることが多い。県内では、モータリゼーションの進展に伴い1960年代後半に広がった。

 職業別電話帳を見ると、70年代には150軒以上もある。「特に70年までに仙台バイパス(現国道4号)が岩沼から仙台・泉まで延び、その通りの特に名取、岩沼にドライブインが多くできた」と伏谷さんは話す。

 憧れのビフテキ(※1)やウエハースが添えられたアイスクリーム(※2)に自身が目を輝かせた「あむーる幸福堂」(岩沼)が印象的だという。

 森本さんが懐かしむのは、建物の上にスプーンのオブジェが載っていた「スプーンハウス」(名取)、グラタンがおいしかった「老松」(同)など。「画一化されていない店づくり、味付けが魅力だった」と語る。

 その後、高速交通網が拡充され、全国展開のファミリーレストランやコンビニが県内にも続々進出。90年代に入ると「道の駅」も整備された。競合にさらされた仙台圏のドライブインの多くが姿を消した。

 電話帳に載っている分類でいうと、今は県全域でも20軒余りにすぎない。後継者の有無といった事業承継の難しさも関係している。

 伏谷さんは「セントラルキッチンによる集中調理に慣れた世代が食べたら新鮮に感じるはず。手作りの味の良さを感じてほしい」と語る。

(※1)ビフテキ 牛肉が今よりもずっと高価な食べ物だった昭和では「ビーフステーキ」を指した。bifteck(ステーキ)を意味するフランス語が語源。

(※2)ウエハースが添えられたアイスクリーム 脚付きのガラス容器に丸くアイスクリームが盛られ、焼き菓子の一種、ウエハースが添えられている。いつそれをかじるかを計算しつつ食べるのが楽しみの1つだった

隆盛の影にドラマあり

 「ドライブイン隆盛には、実はドラマが関係していた」と語るのは、「70年代カルトTV図鑑」などの著者があるフリーライター・映像プロデューサーの岩佐陽一さんだ。

 共にTBS系で放送されたアクションドラマ「キイハンター」(1968〜73年)、刑事ドラマ「Gメン’75」(75〜82年)でドライブインが舞台になることが多かった。「制作日数や費用が限られる中、車を止められてロケができ、食事もできるというドライブインは格好の存在だった」と解説する。

 当時はロケ地情報などを一般の人が知ることはなく「ドライブインに行けばスターに会えるのではないか」という思いを抱いたのだとか。庶民にとって、憧れの場所だったという。

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(河北ウイークリーせんだい 2022年8月4日号掲載)

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