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子育てと介護の縁側・今日も泣き笑い(28) 家族の境界線 当たり前にとらわれず

山口帰省中に初日の出を見に行った時のわれわれ夫婦と娘たち
よくわが家に遊びにきてくれる友人家族。われわれ夫婦と子どもたちが山口に帰省して留守の間、義父に会いに来てくれていました

【石巻市・柴田礼華】

 先日、子育て支援者を対象にした研修のお手伝いに行きました。その中で「家族とは何か」というテーマの話があり、家族の概念について、改めて考える機会になりました。

 研修の中で「あなたにとっての家族は誰?」という質問がありました。私は受講者ではなかったので、会場の端の方で、こっそりと私にとっての家族は誰だろう…と考えていました。

■考えると疑問に

 まず思い浮かんだのは夫と、5歳と1歳の娘の顔。それから一緒に暮らす夫の両親。いつもサポートしてくれる夫の姉たちと、姉たちの嫁ぎ先の家族。さらに実家の母やきょうだい。しょっちゅうわが家に来て一緒に食事をしたり、子どもたちと遊んでくれたりする友人たちや、思いを共にする仕事仲間や剣道仲間も、もはや親戚というか家族みたいなものだな…。そんなことを考えていたら、家族の境界線って何なんだろう?という疑問が浮かんできました。

 一般には「血縁と婚姻を基礎として共同生活を営む集団」を家族と呼ぶらしいのですが、法律上は婚姻と親子関係についての規定はあっても、家族についての明確な規定はないようです。

 また最近では、親しさや愛情のようなものが家族の境界を決める基準になるという考えも生まれているようで、家族も選択する時代になってきていると言えるのかもしれません。

 たまたま夫が東日本大震災をきっかけに始めたボランティア活動を手伝うようになったことで、避難所や仮設住宅でたくさんの家族と出会い、その後もご縁があって子育て支援の仕事に携わらせてもらいました。それにより、家族や家庭について考える機会をたくさん持てたことは、人間としての思考の幅を広げてくれたように思います。

■環境はさまざま

 世の中には自分とは全く違う環境で育ってきた人がたくさんいて、誰もが親から愛されて育つわけではないですし、必ずしも子どもをかわいいと思える親ばかりでもありません。そもそも結婚して、子どもをつくるのが当たり前という感覚も当たり前ではなくなってきているように思います。

 たまたまわが家は祖父母、父母、子ども2人の6人が一緒に暮らし「温かで幸せな家族」の定型のように見えるかもしれません。確かに子どもが欲しくて、2人の娘を持つことができたことは本当にありがたいことです。しかし、子どもがいなかったら不幸だったかと言われるとそうではなかった気がしますし、いつの日か私も1人で暮らすこともあるかもしれません。

 珍しくそんなシリアスなことを考えながら下の子のおむつ替えをしていたら、おむつを開けた瞬間におしっこがジャバー。座布団にあふれ出すおしっこの川。一気に現実に引き戻されたのでした。

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