<あなたに伝えたい>灯台の絵をハンカチに

高校生を前に自らの体験を話す貴さん

鈴木貴さん(福島県いわき市)から姫花さんへ

姫花さんが描いた絵をデザインしたハンカチ

 いわき市の学習塾経営鈴木貴さん(44)は、東日本大震災で豊間小4年だった長女姫花さん=当時(10)=を亡くした。学校帰りに立ち寄った鈴木さんの実家で、津波にのまれたとみられる。遺体は1週間後、市内の塩屋埼灯台を挟んだ隣の浜で見つかった。

 新居の瓦上げの日だった。2月下旬に次男が生まれ、新しい暮らしの形が見え始めていた。現場に顔を出し、職場に向かったのはいつもより少し遅い午後2時半ごろだった。
 立ち寄ったガソリンスタンドで、強い揺れに襲われた。自宅に引き返し、妻と次男の無事を確認。長男を預けていた保育園に迎えに行った。金曜日。小学校の下校時間が早い日だった。
 車で実家の前に差し掛かり、母を見つけた。「姫花は一緒だから大丈夫」と言われ、安心した。避難していた長男と合流し、再び実家に向かった時、黒い水が押し寄せてくるのが見えた。周りの人に避難を促しながら、アクセルを踏んだ。
 夜明けを待ち、避難所などを回って姫花さんと母を捜したが、見つからない。がれきを踏み分け、やっとの思いで実家にたどり着いた。壁1枚しか残っていなかった。何度も名前を呼んだが、返事はなかった。母は3日後に遺体で見つかった。
 東京電力福島第1原発事故が起き、周囲の人が避難し始めた。幼い子どもがいる。姫花さんの消息をつかめないまま、やむなく県外の知人の家に身を寄せた。遺体発見の連絡を受けたのは、高速道路のパーキングエリアだった。
 姫花さんは幼い頃から絵を描くのが好きだった。弟のためにテレビゲームのキャラクターを描いて一緒に遊んだ。帰宅が遅い貴さんに向けた手紙には小さなイラストが入っていた。
 小学3年の時、授業で描いた塩屋埼灯台の絵が全国の灯台絵画コンテストで入選した。青い海、黄色い空、赤い太陽。白い灯台の上で子どもたちが笑顔で手を振っている。
 デザイナーになるのが夢だった。「ハンカチにしませんか」。報道をきっかけに2011年夏ごろ、京都のデザイン事務所から声が掛かった。「娘を形にしたい」。灯台の絵がハンカチになった。製作費には弔慰金を充てた。
 ハンカチは灯台近くの土産物店で売られている。1万枚超が売れ、収益は市に寄付している。通信販売はしていない。現地に足を運んでもらい、震災や亡くなった人たちのことを思ってもらいたいからだ。
 貴さんは1年に1回、自らの体験を話す。8日にはいわき市内で、長崎県から修学旅行に訪れた高校2年生の前に立った。「自分の命を守るすべを学んでほしい」と語り掛けた。
 ハンカチが紡いだ縁は海外にも広がる。貴さんは言う。「ハンカチと一緒に旅行に連れて行ってもらっている気分。亡くなっても親孝行の娘です」
(いわき支局・加藤健太郎)

河北新報のメルマガ登録はこちら
あなたに伝えたい

あの日奪われた最愛の人を、片時も忘れられない人たちがいる。悲しみに暮れ、喪失感にさいなまれながらも、きょうを生きる。「あなたに伝えたい」。家族らの思いをつづる。

第68回春季東北地区高校野球
宮城大会 組み合わせ表

先頭に戻る