<まちかどエッセー・菅井理恵>近くて遠い隣人

菅井理恵[すがい・りえ]さん フリーライター。1979年喜多方市生まれ。テレビ局の記者を経て、写真家・宍戸清孝氏に師事。写真集・写真展の構成などに携わるほか、情報誌や経済誌などで人物ノンフィクションやエッセーなどを執筆。情報誌「りらく」では「東北における戦争」をテーマに「蒼空の月」を連載している。仙台市青葉区在住。

 日本と韓国の外交関係が「国交正常化後で最悪」とも言われた2019年、夫が韓国に出張することになった。連日のように報道される、日本政府に対する抗議デモや日本製品の不買運動。現地で暴力や暴言にさらされないか、心配を募らせた。
 大学生の時、韓国人の親友と一緒に、韓国を旅したことがある。せっかくだから日本人だけでは行きづらい場所に行こうと手配してくれたのが、従軍慰安婦の歴史を伝える施設だった。
 ソウルからの距離と周囲の風景を考えると、おそらく元慰安婦の女性たちが暮らす「ナヌムの家」だったのではないかと思う。記憶に残るのは、洞窟のような薄暗い空間とベッド。そして、感想ノートに日本語で書かれた「日本の犯した罪を忘れてはいけないと思いました」という若い女性の文字。
 正直なところ、私は施設に充満する恨みの情念に打ちのめされ、ノートに何も書くことができなかった。一方、友人は「歴史に囚(とら)われている」と嘆いた。
 その帰り道、彼女が気分を変えようと有名な庭園に連れて行ってくれた。私たちが日本語で話していると、年配の男性が私を見ながら彼女に話し掛けてきた。
 「息子の嫁に来ないか?だって」
 普段の生活の様子をよく知る彼女が、いたずらっぽく笑いながら言う。「日本人なのに?」と聞くと、韓国人の男性の中には日本人の女性に良妻賢母や従順なイメージを抱く人も多く、人気があるらしい。おじさんに丁寧に断りを入れながら、私はなんだかおかしくなってしまった。
 相変わらず、反日運動が収まる様子が見えない韓国から夫が帰ってきた。予想に反して、現地では全く差別を受けず、韓国の人たちに親切にしてもらったという。そして、こんな状況の中でも、日本人の若い女性の旅行者が多かったことに驚いたと言った。
 あの暗い情念に触れ、嫁にと望まれた一日を思い返しながら、日中戦争の最中、宮城で学んだ中国人留学生が、戦後、寄せた言葉を思い出す。
 「歴史の事実が繰り返し証明したのは、両国が助け合い協力し合って繁栄隆盛となり、それに反する時は不幸でした。この事実は、源は遠く流れも長い。それを阻止せんとしても全く徒労です」
(フリーライター)

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まちかどエッセー

 仙台・宮城在住の執筆者が、それぞれの活動や暮らしで感じたことをつづります。

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