<まちかどエッセー・氏家靖浩>ああ宮城県

うじいえ・やすひろさん 1966年大崎市生まれ。古川高、宮城教育大卒業。現在、仙台大体育学部健康福祉学科教授。博士(医学/香川大)。公認心理師、精神保健福祉士、学校心理士。千葉ロッテマリーンズファン。仙台市青葉区在住。

 東日本大震災からもうすぐ10年です。震災を乗り越えて得たものは何だろうと考えると、強がれば防災意識が高まったのかなとも思いますが、本音は悔しさがくすぶっています。
 ただ、本当に揺るがなくなったものもあります。それは、宮城県が好きで、宮城県に住む人が好きで、宮城県の言葉が好きだ、ということです。
 震災直後のテレビで、ご自分の大変な状況を、まさに宮城の言葉でインタビューに答えている方のお話を聞いて、親しみと本当に大変だったんだろうなということが強く伝わってきました。「なんだべねー、いぎなり水、来たがら、どてしたでば」(私なりの共通語訳「どうしたことでしょうねぇ、急に水が来たので、びっくりしたのですよ」)という語りでした。可能ならば今後宮城のテレビやラジオの一部で、宮城の言葉だけで放送する時間帯を作ればいいのにと思います。
 宮城県。不思議な所です。お隣の岩手よりは明らかに狭いのに、いざ県内で移動すると、とんでもなく不便です。その上、実は宮城の言葉は県内でも「県南」、「仙台」、県北の「山側」、「海側」で微妙にイントネーションが違うので、県内を「瞬間移動」することが多い私は「いずい」時があります。
 しかし、変な共通項もあります。現在、中年よりも「とっしょり(年寄り、高齢)」の方は体操着を「ジャス」と呼ぶでしょう。また、おんちゃんの多くは軽トラックを「おらいの〇〇〇(高級外車)」と言うような気がします。
 県外で宮城出身者と会うと、最初は誰もが「仙台出身」と言いますが、打ち解けてくると実は出身は古川だ、白石だと白状します。また宮城の冬は雪が少なくていいですね、という方は、一度、強い北西の風に吹き飛ばされてみてください。
 あれ、宮城のいいところを挙げていたはずですが「なんだべまず」ということばかりになってしまいました。
 将来、「宮城県は都会と田舎が混じりあったまま、ゆっくりと震災を乗り越えて楽しそうだよね」と県外の方に言わせたいものです。そんな私たちの迷いと未来は、吉川団十郎さんの「ああ宮城県」が、ダンダンドゥビドゥビドゥバダと描いてくれています。こけしも「んだっちゃ」と賛成してくれるでしょう。
(仙台大教授)

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まちかどエッセー

 仙台・宮城在住の執筆者が、それぞれの活動や暮らしで感じたことをつづります。

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