河北春秋(3/1):あめの起源は古く、『日本書紀』(720年…

 あめの起源は古く、『日本書紀』(720年)には水あめが登場する。当時は貴重な甘味料。江戸時代以降、お菓子として広まる。手軽な栄養源でもあり、戦時中は軍隊の携行食として重宝された。あめは元気のもと、というわけだ▼ミズキの枝に付けられたあめは素朴で懐かしい味がした。2月13、14日、大館市であった大館アメッコ市。感染防止で規模が縮小され、「この日にあめを食べると風邪をひかない」との言い伝えが、今年ほど身に染みたことはないだろう▼刈和野の大綱引き(大仙市)や犬っこまつり(湯沢市)など個性豊かな秋田の小正月行事は中止が相次いだ。参加者同士の接触が避けられない、観光客数が多いといった事情を考慮したという▼横手のかまくら(横手市)は観光イベントがなくなり、地域の伝統行事として静かに行われた。「見せるかまくら」から、水神を祭り、雪遊びを通して子どもの成長を願う「祈るかまくら」へと原点回帰した▼中止や縮小は地域経済への影響が心配だが、祭りの在り方を再考する機会にもなった。昨年中止となった秋田竿燈まつり(秋田市)は今夏、従来の竿燈大通りか、八橋運動公園での開催案が浮上している。どんな形になるにせよ郷土の誇りと活力を取り戻す、元気のもとになってほしい。(2021・3・1)

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