河北春秋(8/13):パラリンピックという言葉は東京で生まれた…

 パラリンピックという言葉は東京で生まれた。1964年の東京五輪の終了後に開かれた障害者の国際競技大会で、下半身まひを意味するパラプレジアとオリンピックから名付けられたという▼正式な呼称となったのは88年のソウル大会。この頃から「もう一つの」を意味する「パラレル」として受け止められている。もう一つの五輪パラリンピック。きのう、聖火リレーのスタートとなる採火が陸前高田市など各地で始まった▼64年大会の参加者は21カ国の387人。開会式では『上を向いて歩こう』のマーチで入場行進した。江戸東京博物館編『東京オリンピックと新幹線』には「車いすの外国人の健康的で明るい姿は経済成長とは別の価値観を与えた」とある▼この大会で選手を支えたのが「語学奉仕団」。大学生の通訳ボランティアだ。選手村に美容院がなく街の美容院に案内するなど、行き届いた配慮が外国の選手たちを感激させたという。「おもてなし」の大会でもあったようだ▼この大会から57年、競技用の装具などは格段に進歩している。けれども、障害のある人々を取り巻く環境はどうだろう。十分に温かい社会になったと胸を張れるのならいいのだが。東京パラリンピックは、英国で採火した炎との集火式などを経て24日が開会式。(2021・8・13)

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