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<311むすび塾>従業員の安全対策 急務/第96回巡回ワークショップ@東松島

新聞販売店の取り組み

東日本大震災後に購入した電気自動車の前で防災対策について説明するさくらい新聞店社長の桜井朋洋さん(左から2人目)=2019年12月12日、宮城県東松島市矢本
自然災害の発生が予想される際の従業員の安全確保策を話し合う東松島市内の新聞販売店主ら=2019年12月12日、宮城県東松島市の蔵しっくパーク

 河北新報社は2019年12月12日、通算96回目の巡回ワークショップ「むすび塾」を東松島市の蔵しっくパークで開いた。東日本大震災の被災地で新聞を配り続けた市内の新聞販売店主と従業員、減災・復興支援機構(東京)の役員ら8人が参加。震災と昨年10月の台風19号の教訓を踏まえて、従業員の安全確保や事業継続に向けた対策の大切さを確認した。

 震災で東松島市は大津波に襲われ、市街地の3分の2が浸水し、1089人が犠牲になったほか、1万1077棟が全半壊した。語り合いを前に参加者は同市矢本のさくらい新聞店を訪れ、当時の浸水の状況や、震災後に配備した電気自動車など災害時の備えについて説明を受けた。

 語り合いで、同市小野の横山新聞店店主横山秀人さん(32)は震災発生直後を振り返り、「膝まで水につかって出社した従業員と、震災翌朝から配達に出た。読者以外にも無償で新聞を配った」と述べた。

 各店は震災後、設備の見直しや備蓄物資の拡充に着手。同市赤井の佐藤新聞店店主佐藤陽介さん(42)は「震災では発電機が水没したので、2階に置くようにした」と説明した。

 「震災を機に店同士のつながりが強まり、連絡を密にしている」と言うのは、さくらい新聞店社長桜井朋洋さん(45)。台風19号で配送トラックの到着時間が定まらない中、互いに運行状況を伝え合い、自宅待機や配達時間を遅らせるといった措置を取った。

 一方で、配達ができるか否かの判断や従業員への連絡手段の確保といった悩みも。さくらい新聞店矢本店長の山吉徹さん(43)は「どこが危険か分からず判断が難しかった。情報を一斉に伝える仕組みを整えるなど、従業員の安全対策を急ぐ必要がある」と語った。

 機構の木村拓郎理事長(70)は「従業員がハザードマップで津波や水害など危険箇所の情報を整理すると、身を守る方法が明確になる」と指摘。宮下加奈専務理事(50)は「従業員の安否確認や情報共有に、複数が同時通話できる無線を活用してはどうか。法人向けサービスもあり、検討してほしい」と助言した。

 自然災害への対応では、新聞社側で従業員の安全確保のため、配達の中止などを盛り込んだガイドラインを策定する動きがある。桜井さんは「震災や水害の経験を踏まえて、配達の遅れや不配より人命最優先に意識が変わった。読者の理解も広がっている」と、事業者自身と地域社会の変化に言及した。

震災時 避難所に無償配達

 東日本大震災では東北各地の沿岸部の新聞販売店も津波に襲われた。河北新報を扱う販売店だけでも当時、東北6県で370店あったが、宮城、岩手の3店で店主が亡くなったほか、宮城県内では従業員24人が犠牲になった。建物や機材の損害も深刻だった。

 東松島市内では野蒜の店舗が津波で流失。矢本、赤井も水に漬かった。隣接地域の被害も大きく、旧石巻市の販売店は15店舗のうち5店が全壊し、3店が浸水したほか、配達員5人が犠牲に。女川町の販売店は津波で流失し、配達員2人が亡くなった。

 物的、人的被害に加え、道路の破損、冠水、がれきで配達網が寸断される中でも、販売店は新聞を届けた。浸水を免れた東松島市小野の販売店は震災翌日から新聞を配達。避難先のコンビニエンスストアの屋上から出社した従業員もいた。

 各地の販売店も従業員の安否確認、店舗の復旧作業とともに、輸送ルートと受取場所の変更や、印刷工場に出向くなどして新聞を確保。無償で避難所に届けたほか、可能なエリアから戸別配達を再開した。

 ただし移動手段は制限された。多くのバイクが海水をかぶったほか、ガソリン供給が逼迫(ひっぱく)。がれきで自転車はパンクし、徒歩で配ったことも。人員や機材の不足は、近くの販売店が配達を手伝ったり、備品を貸したりして急場をしのいだ。

 震災発生直後、停電により被災地はテレビやインターネットで災害や生活情報の入手が難しく、新聞が数少ない情報源だった。特に避難所では張り出され、回覧されるなど活用された。

 販売店主らによると「避難所に届けたら涙ながらに喜ばれた」「ポストの新聞を見て勇気づけられたと感謝された」といった反応が多く寄せられ、従業員の励みになったという。

<助言者から>

■社長が率先して避難を/減災・復興支援機構専務理事 宮下加奈さん(50)

 配達員は災害時に地域の情報を集められる。新聞を届けながら、新聞社の特派員のように地域情報を速報的に発信できれば、やりがいにもなる。

 最近は携帯電話の通信網を利用し、複数が同時に通話できるIP無線もある。従業員に持ってもらえば情報を共有でき、安全確保や安否確認にも有効だ。

 従業員が「この会社のために」と思える会社づくりをすることが、被災後の事業継続につながる。ただ、災害時は率先して避難し、「社長も逃げるほどの事態」と判断してもらうのも一つの考え方だ。

■今後強まる予防的措置/減災・復興支援機構理事長 木村拓郎さん(70)

 台風襲来時に電車が計画運休するように、今後は大災害の前の予防的な流れが強まる。従業員には使命感があるので、社長が配達中止を明言すべきだろう。SNS(会員制交流サイト)などで情報伝達や安否確認を訓練するのもいい。

 従業員がハザードマップで配達ルートのどこに危険箇所があるか、確認しておくのも大切。配達時にどう自分の身を守るか、頭を整理しておいてほしい。

 大手企業と違い、販売店は地域密着。普段から地元と連携し、被災時も情報提供や物資の配布支援などで貢献できれば素晴らしい。

<メモ>東日本大震災をはじめとする自然災害の被災体験を振り返り、防災の教訓や避難の課題を考えてみませんか。町内会や学校、職場など少人数の集まりが対象です。開催費用は無料。随時、開催希望を受け付けています。連絡先は河北新報社防災・教育室022(211)1591。

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