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<311むすび塾>飲食店客の誘導検証/第86回高知新聞社と共催@高知・はりまや橋小学校区(上)

中心部商店街で避難訓練

南海トラフ地震を想定した模擬避難訓練で、商店街を避難する参加者=2019年2月2日午前8時40分ごろ、高知市
訓練では、車いす利用者も想定し、津波避難ビルの階段を上った=2019年2月2日午前8時50分ごろ、高知市のウェルカムホテル高知

 河北新報社は2019年2月2日、通算86回目の防災・減災ワークショップ「むすび塾」を高知市中心部のはりまや橋小学校区で開いた。高知新聞社(高知市)の防災キャンペーン「いのぐ(生き延びるの方言)」と共催した。南海トラフ巨大地震の懸念が高まる中、商店街関係者らは避難訓練と語り合いを通じて、自らと利用客の身をいかに守るかの課題を共有。今後の取り組みに向けた連携を誓い合った。

 はりまや橋小学校区は高知城下の市中心部に位置する。内湾は約4キロ離れているが、南北を川に挟まれた海抜1~2メートル台の平たんな低地が広がり、津波浸水深は中心商店街で1~2メートルと予想されている。

 訓練は石巻市の飲食店団体「石巻芽生(めばえ)会」が2014年2月、夜間の飲食店客の模擬避難誘導に取り組んだ「夜の避難訓練」がベースとなった。高知市の中心商店街で客を想定した模擬避難誘導に取り組んだのは今回が初めてとなる。

 2日午前8時半、マグニチュード(M)9.1の南海トラフ巨大地震が発生し津波により、1時間後には30センチの浸水が予想されると想定。主会場の日本料理店「土佐料理 司(つかさ)」高知本店には、従業員や商店街関係者、近隣住民、市職員ら約50人が参加した。

 緊急地震速報を合図に、従業員が大声で呼び掛ける。「安全を確保してください」。1階14人、3階10人が待機した客役の参加者は慌ててテーブルの下に入った。とっさに動けずにいた車いすの女性に、従業員が配膳用のお盆を手渡す。揺れが収まるまで2分半。照明が消えた暗い店内で、テーブルの下から「長いな」と声が漏れた。

 運営側が大津波警報の発令を伝える。「けがはありませんか」「落ち着いて外へ出てください」。従業員の誘導で、参加者は店の前に集合した。客側からは「割れた食器でけがをした」「足が悪いので店に残る」「車に荷物を取りに行きたい」など、要求や主張が相次ぐ。従業員は「避難場所は歩いて10分です」「大丈夫なので安心してください」と説得に追われた。

 避難の目的地は、約400メートル先にある津波避難ビル「ウェルカムホテル高知」。けが人や足の悪い高齢者、車いす利用者を助けながら、参加者はアーケード街を進む。途中、「どこに避難したらいいか分からない」と話す県外観光客役が現れ、避難の列に合流した。

 大きな混乱はなく、10分弱でホテルに到着。指定避難場所になっている非常階段の場所を確認したが、入り口が狭いことや、車いす利用者を引き上げるには人手が必要であることが分かった。

 「非常階段の入り口が分かりにくい」「人が殺到すれば混乱しそう」「夜中に起きたら大丈夫か」「冷静でいられるか不安」。訓練を終えた参加者は口々に懸念や課題を話した。

 商店街は飲食店も多く、酔客や外国人への対応も求められる。助言者は「状況に合わせた別のプランも考えておくといい」などと指摘した。従業員と参加した「菊寿司」社長の中田陽子さん(51)は、「実際に揺れればパニック状態になるかもしれない。落ち着いて行動できるかが一番大事と思った。商店街でガラスが割れていたら、などといろいろな視点で考える機会になった」と振り返った。

南海トラフ被害予想/津波到達 最短30~40分

 高知県は、四国沖にある南海トラフ(溝)に面し、沿岸部はこれまで90~150年間隔で発生している南海トラフ地震で度々大きな被害を受けてきた。南海トラフを震源とする地震は、1944年の昭和東南海地震、46年の昭和南海地震を最後に70年以上の沈黙が続いており、南海トラフ全域で大規模地震発生の切迫性が高まっているとされる。

 昭和南海地震は46年12月21日、和歌山県沖を震源に発生。マグニチュード(M)は8を記録し、最大6メートルの津波が高知県沿岸を襲い、679人が死亡、4846戸が全壊・流失した。

 現在、高知県が想定する最大クラスの南海トラフ巨大地震が発生すれば、死者4万2000人、15万3000戸が全壊・流失するとされ、避難者は44万人に上る恐れがある。県、市町村は死者を8100人まで減らすことを目標に総合的な減災対策を進めている。

 むすび塾の会場となった高知市中心部のはりまや橋小学校区は人口約8100、約4700世帯が暮らす。はりまや橋や高知城などを中心に、市を代表する観光スポットの一つで、大小11の商店街が密集する商業エリアでもある。

 南海トラフ地震では震度6弱~7の揺れの後、最短30~40分で津波が到達し、津波浸水深は中心商店街で1~2メートルと予測されている。市は区内23カ所を指定津波避難ビルに定め、地震発生後の早期避難を呼び掛けている。

<助言者から>

■複数のパターン 想定を/高知大地域協働学部准教授 大槻知史さん(42)

 訓練は避難先が遠く経路が難しかった。もう少し近い場所を考えてもいい。「避難ビルになっていないから行けない」ではなく避難する可能性があることをビル側に伝えるのも大事だ。

 実際は地震でけが人が出て全員で移動できず、客や従業員の一部が店に残り上階に避難する可能性もある。複数のパターンで避難計画を作り、その上で最後は臨機応変な対応が要ることを頭に入れておくといい。

 語り部につらい経験を語ってもらい、教訓を得た。今度はわれわれが頑張る番だ。知識を基にイメージを持ち、心で感じることが大切。身近な人に知識を伝え、話し合うことで現状は少しずつ改善される。一歩踏み出し、できることから取り組んでほしい。

■体験聞き応用力磨いて/東北大災害科学 国際研究所准教授 佐藤翔輔さん(36)

 被災した人の体験を聞くことで、想定外に対応できる応用力が身に付く。映像を見るだけより生の声を聞く方が記憶に残りやすい。災害時の行動にマニュアルはない。被災地を実際に訪れ、話を聞いて応用する力を磨いてほしい。

 宮城県南三陸町の戸倉中では津波が2方向から来た。高知市中心部は海も川も見えない。思いも寄らない方向から津波が来るかもしれない。津波はがれきを巻き込んでやってくる。数十センチの津波でものまれると逃れられない。水にぬれると体が冷え、体力が奪われる。ぬれずに逃げてほしい。

 イメージの固定化は怖い。想定を参考にしつつ、それよりも早く、そして大きな津波が来ることもあることを認識すべきだ。

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