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<311むすび塾>地域一体の備え重要/第86回高知新聞社と共催/@高知・はりまや橋小学校区(下)

多様な事態想定を

商店街が集中する高知市中心部での防災対策などを語り合ったワークショップ=2019年2月2日午前10時35分ごろ、高知市の「オーテピア高知図書館」

 河北新報社が2019年2月2日、高知市中心部のはりまや橋小学校区で開いた通算86回目の防災・減災ワークショップ「むすび塾」で、津波避難誘導の模擬訓練後、参加者は「オーテピア高知図書館」で避難の改善点や課題を語り合った。観光客の誘導や障害者の支援などの備えを地域が連携して進める重要性を確認し、実践に向けて意識を共有した。

 避難訓練を振り返った参加者からは「机上と現実は違うと痛感した」「客の立場で訓練し、隠れる場所があるかなどいろいろな想定が必要」「夜に停電で真っ暗なら無事避難できるか疑問。道順が頭にないと混乱する」などの声が上がった。

 客の避難訓練実施に向け従業員で防災対策を話し合ったという「土佐料理 司」の高知地区取締役営業部長北村宏輔さん(53)は「店舗の上階に逃げれば安全と思っていたが、語り部の話を聞いて、より安全な所を目指す必要があると考えを改めた」と強調した。

 障害者を支援する福祉住環境ネットワークこうち理事長の笹岡和泉さん(47)は車いすに乗って4人がかりで避難ビルの階段を運ばれた。「立体駐車場への車避難も検討したい。障害者を支える環境を築けるよう車いすを貸し出して訓練で使ってもらうなど情報共有から始めたい」と話した。

 高知新聞社と河北新報社などが中心商店街の店舗を対象に実施したアンケートでは、津波の浸水深や到達時間を6割以上が「把握していない」と回答。地域の自主防災組織についても「存在を知っている」と答えたのは2割にとどまり、津波の情報や防災意識は浸透していないのが現状だ。

 高知市商店街振興組合連合会理事長の広末幸彦さん(65)は「小学校区の防災訓練は住民参加率と危機意識が低いのが悩み」と打ち明け、「今回、商店街で客の避難誘導に初めて取り組んだ。これを機に商店街、住民、企業の連携を強めていきたい」と力を込めた。

 年間約300万人が訪れる「ひろめ市場」施設管理課長の浜田泰伸さん(55)は「市場を訪れる人たちは朝から酒を飲む。県外客も多く、避難誘導は社員だけでは難しい。店舗側の協力が必要だろう。まず自分たちが勉強し避難計画をつくっていきたい」と語った。

 はりまや橋小学校区防災連合会理事の横山木実子さん(55)は「住民も観光客も頼れる拠点やシステムが商店街内にあるといい。最寄りの避難場所や所要時間の案内板もあれば役立つのではないか」と提案した。

 被災地の語り部として参加した、石巻市の日本料理店「八幡家」おかみの阿部紀代子さん(57)は訓練で従業員が「津波到達まで60分ある」と呼び掛けた点に着目。「お客を落ち着かせるための配慮と思うが、津波は想定より早く来ることもある。60分もあると思い込ませてしまうのは危険かもしれない」と助言した。

 語り部からは他にも「避難開始前と完了後に客の点呼が必要ではないか」「津波は多方向から来る恐れがあるので注意が必要だ」などの指摘があった。

 高知大地域協働学部准教授の大槻知史さん(42)は「訓練で課題が見つかることが重要だ。最後は臨機応変な対応が必要だが、何通りかの避難計画をつくってほしい。多様な事態を想像し、皆で話し合うことを習慣にしよう」と語った。

 東北大災害科学国際研究所准教授の佐藤翔輔さん(36)は「避難誘導訓練は2回目を違う店舗でぜひ実施してほしい。住民、事業所、NPO、行政など地域を広く巻き込み、命を守る取り組みを広げていこう」とアドバイスした。

<語り部から>

■防災教育が大事に/東北福祉大4年 三浦貴裕さん(22)=仙台市青葉区
 震災時は宮城県南三陸町の戸倉中2年生でした。指定避難場所だった学校は海抜20メートルの高台にあり、生徒約80人と住民が避難した校庭に津波が来ました。高さ50センチほどの波が車を押し流すのを見て必死で裏山へ走りました。波の力が強く足を取られる生徒も。水かさは急増し最後は校庭に大きな渦が巻いていました。

 裏山に流れ着いた人たちに、救命講習で習った人工呼吸と心臓マッサージを仲間としました。助かった人もいましたが、自分が対応した人は助からず、無力感を感じました。

 震災で母方の祖父母と曽祖母が亡くなりました。祖父母は寝たきりの曽祖母を見捨てられず避難が遅れたようです。経験上、「津波は家まで来ない」との思い込みもあったのでしょう。

 母は肉親の死を引きずっていました。私は男性の死を悔やみ、祖父母の死を今も受け入れがたく思うなど、命の尊さと遺された者の悲しみを痛感しました。

 犠牲を防ぐには防災意識の定着が大事です。南三陸は訓練を繰り返し、地震イコール津波の意識が子どもにも浸透してすぐ避難できました。中学生が人命救助に携わるなど子どもも備えがあれば力になれます。

■命守るため逃げて/菓子店「松華堂」経営 千葉伸一さん(44)=宮城県松島町
 観光の街である宮城県松島町から来ました。カフェを経営し、松島湾沿いに新しい菓子店をオープンした半年後に被災しました。信じられない揺れが信じられないほど長く続きました。お客さんを避難させ店内を片付けた後、妻と男性店長と店の裏にある瑞巌寺の施設に身を寄せました。

 幸いろうそくが豊富で明かりとして使い、井戸の水も利用できました。観光客も避難していましたが、どんな危険があるか分かりません。確かな情報が入るまで帰らせませんでした。

 宮城県沖地震を経験した年配の人は落ち着いて心強かったです。官も民も意識が高く、互いに助け合うことができたと思います。

 振り返って思うのは、津波からは逃げるしかないということ。防波堤があるにしろ、安全な場所に避難することが一番大切だと感じています。命があれば再生できる。生きる意思があれば必ず再生できます。

 震災を経験して美しい景観や当たり前の日常の素晴らしさに気付きました。松島は街の景観と安全の調和を意識しながら復興を進めました。安全のために景観が失われていいのか。どちらも大事で、常にバランスを考える必要があります。

■話し合い情報共有/日本料理店「八幡家」おかみ 阿部紀代子さん(57)=石巻市
 震災時、津波は店の1階天井まで押し寄せ、とっさに逃げた2階で難を逃れました。翌朝、街は泥水で洗濯機をかけたような状態。水は、食料はどこか。情報が大切だと近所の人と相談し、毎朝8時に集まれる人で朝会を始めました。

 情報を共有し、在宅避難でも配給やボランティア派遣を受けられるようにしました。心掛けたのは平等を保つこと。大変な時期を共にし、復旧へ向かう共通の思いが醸成されました。

 震災は自分たちの避難だけで済みましたが、その後の余震や津波警報で「お客様の避難」を考えさせられました。危機感を持つ同業者で話し合い、地域団体や防災専門家の協力で2014年2月、私の店で「夜の避難訓練」実施しました。

 訓練のために話し合ったさまざまな想定は、非常に大切な備えとして残りました。18年8月には2回目、11月には横浜市でも実施されました。被災地石巻で始まった取り組みが広がってほしいです。

 訓練や考える機会を設け、ご近所と話し合うだけで、いざというときに行動できることは多くなります。南海トラフ地震が心配です。今回を貴重な第一歩にしてほしいと思います。

津波到達時間/「把握していない」6割超

 高知市中心部でのむすび塾開催に先立ち、高知新聞社と河北新報社などは、商店街の店舗を対象に防災意識アンケートを実施した。その結果「津波浸水深」や「津波到達時間」について、いずれも6割以上が「把握していない」と回答。被害想定が浸透していない実態が浮き彫りになった。

 高知県の予測では、高知市中心部の商店街での浸水深は1~2メートル。高さ30センチの津波が到達するまで時間は地震発生後、最短で60分以上とされる。アンケートで「把握している」と答えたのはいずれも30%台後半にとどまった。

 また、「津波避難先を決めている」と答えたのは54%に上った一方で、地域防災のかなめとなり、共助を担う自主防災組織について「存在を知っている」との回答は21%と低かった。

 南海トラフ巨大地震に関し、不安や困り事を問う設問(12項目の中から3項目まで複数回答)では「耐震化など建物の安全対策」(53%)を挙げる声が最も多く、「従業員の安全対策」(34%)、「火災の発生防止対策」(同)と並び、津波対策を挙げる店舗は少なかった。背景には、同商店街の施設の多くが現行の耐震基準が導入された1981年以前の建築のため、建物老朽化を懸念する傾向が強く表れたと思われる。

 自由記述欄ではヘルメットや水、非常持ち出し袋などの備えを充実させている一方、「夜間はどこへ行ったら良いのか分からない」「観光客や通行人の誘導が不安」など、地震や津波といった災害発生時に適切な行動が取れるか不安を感じる声が多く寄せられた。

 アンケートは昨年11月から今年1月にかけて中心商店街の店舗273店に用紙を配付。140店が回答した。回答率は51.28%。

<メモ>東日本大震災の体験を振り返り、専門家と共に防災の教訓や避難の課題を語り合ってみませんか。町内会や学校、職場など10人前後の小さな集まりが対象です。開催費用は無料。随時、開催希望を受け付けています。連絡先は河北新報社防災・教育室022(211)1591。

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