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<311むすび塾>観光客想定し広域訓練/第84回中日新聞と共催@三重・伊勢(上)

南海トラフへの備え考える

二見興玉神社の「夫婦岩」を背に、音無山への避難を開始する訓練参加者=2018年12月1日、伊勢市二見町
訓練では車いす利用者を想定し、けん引式の車いす補助装置も使用した=2018年12月1日、伊勢市二見町
むすび塾会場となった「二見浦」がある茶屋地区。左手の山が緊急津波避難場所の「音無山」。手前に見える岩礁は「夫婦岩」

 河北新報社は2018年12月1日、中日新聞社(名古屋市)と共催し、通算84回目の防災・減災ワークショップ「むすび塾」を三重県伊勢市二見町茶屋地区の景勝地「二見浦(ふたみがうら)」で開いた。伊勢神宮に近い観光地で、住民は南海トラフ巨大地震の津波を想定して観光客を誘導しながら避難する訓練に臨んだ。語り合いでは、東日本大震災で被災した旅館経営者らと事前の備えの重要さを共有した。

 茶屋地区は、伊勢神宮の参拝前にみそぎをする宿泊地として古くから栄え、今でも旅館や民宿が立ち並ぶ。修学旅行生や海水浴客も多く、近隣地区の名所と合わせ年間約280万人が訪れる。津波発生時に、周辺の地理に疎い観光客らをどう避難させるのかが課題となっている。

 避難訓練は1日午前8時45分、マグニチュード(M)9の海溝型地震が遠州灘から熊野灘の広い範囲にかけて発生したと想定。地元住民、旅館経営者、学生ら約50人が参加した。茶屋地区ではこれまで施設や町内会単位での防災訓練は実施されてきたが、観光客役を設定し広域的に訓練を実施したのは今回が初めて。

 参加者は、国指定重要文化財「賓日館(ひんじつかん)」(海抜2メートル)に集合。大津波警報発令の合図に合わせ、A、Bの2グループに分かれてそれぞれ避難場所を目指した。

 Aグループは、海岸沿いの旅館街を通り、国道42号沿いの駐車エリア「緑の一里塚」(海抜8.5メートル)まで約1.3キロのコースを小走りで体験した。

 路上に観光客役が配置され、「津波が来ますから一緒に避難してください」と声を掛けながら合流。足が不自由な人がいることを想定して車いすも使用、17分でたどりついた。

 ルート上には、和風の古い木造建築の旅館が多く立ち並び、大規模地震の際は建物のがれきが路上をふさぎかねない。参加者から「車いすを押して逃げるのは難しい」「夜間は怖い」と声が上がった。

 また、海岸沿いの4~5メートル幅の路上に無断駐車の車両が並ぶこともあるという。すれ違いができずに渋滞を引き起こし、徒歩での避難にも支障を招く恐れがある。

 Aグループに参加したNPO法人「二見浦・賓日館の会」会長の奥野雅則さん(56)は「実際の避難では、緑の一里塚に到着するまでもっと時間がかかるのではないか。課題は多い」と振り返った。

 Bグループは、海岸の二見興玉(ふたみおきたま)神社の境内に立ち寄って避難を呼び掛け、近くの音無山(標高119メートル)の中腹まで登る約800メートルのルートを通った。

 音無山は急勾配で、車いす利用者の避難を支援する担当者は苦労していた。全員が目標地点に到着するまで約20分かかった。

 Bグループを体験した「二見まちづくりの会」事務局長の若松美久さん(70)は「音無山は子どもの頃の遊び場で、よく知っている場所。問題は、観光客をいかに安全に避難させられるかどうかだ。住民が意識を向上させて考えなければならない」と話した。

景勝地「二見浦」/5m津波 最短30分で

 伊勢湾の西部に位置する三重県では、最大規模の南海トラフ巨大地震が起きた場合、27メートルの津波が沿岸部に襲来、最悪で死者5万3000人と予測されている。むすび塾の開催地となった景勝地「二見浦(ふたみがうら)」がある伊勢市二見町茶屋地区も、最短30分で最大5メートルの津波が到達するとされており、津波避難対策は急務だ。

 伊勢市は年間約900万人の参拝客が訪れる伊勢神宮を筆頭に観光名所が多い。茶屋地区も夫婦岩で知られる「二見興玉(ふたみおきたま)神社」や、明治期に建てられ皇室御用達の宿だった国重要文化財「賓日館(ひんじつかん)」などが点在し、多くの観光客でにぎわう。

 県の想定によると、人口12万6700の伊勢市での津波による死者は約6000人と予測されており、二見浦がある茶屋地区は全域が津波浸水区域に指定されている。しかし、戦国時代末期から形成されてきた旅館街は道が狭く、場所によって車同士がすれ違うのは困難な場所もあり、避難に時間が掛かる恐れもある。

 地区の緊急避難所は海岸部の背後にある音無山(標高119メートル)、二見公民館など5カ所が指定されており、観光客の避難先は音無山になる可能性が高い。

 地区内各所に避難場所への案内板が設置してあるが、途中、交通量が多い県道を横断する必要があるなど、観光客の避難には地元住民の誘導協力が不可欠だ。

<助言者から>

■非常時のルール準備を/東北大災害科学国際研究所所長 今村文彦さん(57)

 自分自身が体験し、知識を得て行動に移す。この三つの段階を踏まないと、いざというときに対応できない。津波の速さやマグニチュード8と9の違いなどをイメージとして持っておくと、判断する際に役立つ。一番怖いのは、過去はこうだったなどの思い込みだ。

 東日本大震災では、地震の揺れで線路の遮断機が下りたままとなり、大渋滞が起きた事例がある。通常時と非常時のルールは分けて考えていい。避難訓練を通じて、地域で非常時のルールをつくることが大切だ。

 観光地の防災は難しい課題が山積しているが、早くから取り組んでいる米ハワイや沖縄などの事例を共有してほしい。人的交流があると、多くのヒントを得られるだろう。

■合同訓練をイベントに/三重大工学部准教授 川口淳さん(53)

 伊勢市二見浦地区は海に面することが観光地としての最大の魅力だ。東日本大震災以降、海沿いの宿泊施設を敬遠する傾向がある。逆境に負けない魅力を磨き、津波リスクを回避する対策を徹底する必要がある。

 訓練に参加した震災語り部から経路など改善点が示された。指摘を備えにつなげたい。二見興玉神社が提案した合同訓練は地域全体のイベントとして実施するといいだろう。志摩市白浜は観光業者と住民、サーファーが組織をつくり町を挙げて訓練する。連携が活動継続につながっている。

 防災は住民が自分事に置き換えて考えることが大事だ。被災者の生の声を聞くことが役立つ。防災意識を共有し、震災の教訓を生かして実践を進めてほしい。

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