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<311むすび塾>オレンジ旗 普及目指す/第77回ワークショップ@宮城・七ヶ浜笹山地区

高台移転住民が避難誘導

オレンジ旗を使った津波避難誘導について活発に議論する笹山地区住民ら=宮城県七ケ浜町笹山
眺望広場の訓練で、海に向けてオレンジ旗を掲げ、避難を呼び掛ける=宮城県七ケ浜町笹山

 河北新報社は2018年4月22日、通算77回目の防災巡回ワークショップ「むすび塾」を宮城県七ケ浜町の笹山地区で開いた。同地区は東日本大震災の津波で家を失った住民が高台移転した地区。近くの菖蒲田海岸を訪れる海水浴客やサーファーらにオレンジ色の旗を掲げて津波避難誘導を呼び掛ける取り組みを進めており、住民ら8人が旗普及に向けたアイデアを語り合った。

 参加者は海抜約20メートルにある笹山地区の眺望広場に集合。眼下の菖蒲田海岸では、サーファーが波乗りを楽しんでいた。住民は鮮やかなオレンジ色の旗3本を海岸に向けて広げ、津波避難を呼び掛ける誘導の訓練をした。続いて、集会所機能を併せ持つ笹山地区避難所に移り、話し合った。

 旗の推進役住民で、七ケ浜町政策課長の荻野繁樹さん(56)は「高台移転後も住民が防災意識を持つのが重要。被災した私たちが今度は誘導する側に回ろうと考えた」と狙いを話した。

 笹山行政区住民でつくる自主防災会が旗を振る場所に想定しているのは高台の5カ所。笹山行政区副区長の鈴木享さん(64)は「一危険な場所で誘導はできない。住民は浜に降りないのが大前提だ」と説明した。

 菖蒲田海岸はサーファーに人気で、菖蒲田海水浴場は2017年、本格再開した。元菖蒲田海水浴場監視員で、のり養殖業渡辺正二さん(74)は「多くの海水浴客がいる場合、誘導役などをあらかじめ決めておく必要がある」と指摘した。

 課題は旗の持つ意味をどう住民以外の来訪者に知らせ、認知度を高めるかだ。

 オレンジ旗発祥の地で、震災後に七ケ浜町と交流を続ける神奈川県鎌倉市七里ガ浜の「七里ガ浜発七ケ浜復興支援隊長」の中里成光さん(48)は「一地域では限界がある。連携して普及させたい」と提案した。

 震災後移住し、七ケ浜町菖蒲田浜のカフェレストラン「SEA SAW(シーソー)」の運営会社代表を務める久保田靖朗さん(35)は「海辺でイベントを開催しているが、防災意識をもっと高める必要がある。ネットで情報発信したい」と強調。笹山行政区事務局の伊丹順子さん(49)も「町外の人に旗の意味や重要性を伝えたい」と訴えた。

 「旗が小さい」との意見もあったが、「大きくすると費用もかさむ」「海水浴客らに寄付を募ってはどうか」との意見もあり、検討を確認した。

 住民も旗の普及に向けて、思いを新たにした。

 笹山地区分館長の遠藤敏彦さん(62)は「旗を知らない住民もいる。常時掲げるなどしてアピールしたい」と語った。七ケ浜町消防団女性班長の相沢まり子さん(66)は「七ケ浜町全体で取り組み、知名度を高めたい」と意気込んだ。

被災住民自ら実践/海水浴客らに危険知らせる

 宮城県七ケ浜町の笹山地区は、防災集団移転促進事業で造成された約10ヘクタールの高台住宅団地。町内で5カ所目の団地として2015年3月に完成した。124世帯458人(18年4月1日現在)が住み、約6割を占める菖蒲田浜地区の元住民を中心に、花渕浜地区の元住民なども移り住んだ。

 オレンジ旗を使った津波避難誘導は東日本大震災を機に七ケ浜町と交流が続く鎌倉市発祥のアイデア。視認性が高いオレンジを使うことで波や風に左右されにくく、沖合のサーファーにも津波を知らせる手段として有効とされ、全国の自治体や団体で実践が広がる。

 笹山地区の自主防災会(会長・伊藤政治行政区長)は町の補助を受け、縦100センチ、横145センチのオレンジ旗5本を作成。「津波避難」の漢字と「Tsunami evacuation」の英語を併記した。

 地区では昨年11月5日の「津波防災の日」に合わせ、菖蒲田海岸に向かって旗を掲げる津波誘導訓練を初めて実施した。高台に移転した被災住民による避難誘導は全国的に珍しく、伊藤会長は「サーファーや海水浴客を誘導することで、全国から受けた支援に少しでも恩返ししたい」と話す。

菖蒲田浜地区 津波12.1m/「早めの行動肝心」

 七ケ浜町では東日本大震災で死者94人、行方不明者2人、1323世帯で半壊以上の被害があった。地震発生から65分後に津波が町内沿岸を襲い、菖蒲田浜地区では最大12.1メートルを観測した。語り合いの中で参加者は命からがら津波から避難した状況も振り返った。

 消防団のポンプ車で避難を呼び掛けている途中に津波に襲われた相沢まり子さんは「波に流されている途中、家屋の柱で右足を骨折した。自覚も痛みもなかったが、立つことができず、腹ばいになって必死に高台に上がった」と語った。

 「妻と孫の3人で逃げようとしたが、家のかわらが飛んできて危なかった」と切り出した渡辺正二さんは「いったん高台避難したが、近隣住民の姿が見えないという話になり、助け出すために自宅付近に2度、戻った。2度目には波が迫っており、車をバックで走らせて逃げた」と明かした。

 参加者からは、避難体験の教訓として「早めの行動が肝心」との声が上がり、「車での避難や二次避難について、あらかじめ家族で確認しておこう」「自主防災組織が円滑に機能するように議論を重ねるべきだ」と備えを確かめ合った。

<助言者から>

■活動の趣旨 胸に響く/七里ガ浜発七ケ浜復興支援隊隊長 中里成光さん(48)

 七ケ浜町のオレンジ旗を使った避難誘導は、津波で被災した住民が、自分たちの安全を確保した上で、外から来る人に目を向けたことが素晴らしい。根底に震災体験があることで、趣旨は多くの人の胸に響く。

 鎌倉市は昨年、津波避難を誘導する旗を250本作り、海沿いの商店に配った。店の人が旗を振り、観光客に呼び掛けながら逃げる。鎌倉は高さ15メートルの津波が来るとの想定もある。旗による避難の発祥地とされるが、震災前から防災活動が盛んな七ケ浜に比べ、住民の認識はまだ不十分だ。

 住民のコミュニケーションの良さと活動の継続が、防災を支える最大のポイントだ。地域間で連携する手応えも感じる。七ケ浜の実践を持ち帰って伝えたい。

■旗の意味 浸透不可欠/東北大災害科学国際研究所准教授 佐藤翔輔さん(36)

 東日本大震災や熊本地震などの被災地や大震災が起こるとされている地域以外の住民は、防災の知識が少ない傾向がある。オレンジ旗の誘導対象はそういった人々が中心になるだろう。

 旗が機能するためには(1)掲げられること(2)意義を理解していること-の二つが必要だ。旗は意外と小さく、海から旗の文字を読み取るのは難しいが、色ははっきり見える。住民や海水浴客に利用者に呼び掛け、意味を浸透させてほしい。

 七ケ浜町では震災以前から避難訓練などの防災活動に活発に取り組んでおり、被害を抑えられた。だがその裏返しとして、津波の記録が残りにくくなっている。次の災害に備え、後世に向けたメッセージをより厳しく残すことが重要だ。

<メモ>東日本大震災の体験を振り返り、専門家と共に防災の教訓や避難の課題を語り合ってみませんか。町内会や学校、職場など10人前後の小さな集まりが対象です。開催費用は無料。随時、開催希望を受け付けています。連絡先は河北新報社防災・教育室022(211)1591。