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宅配にない魅力 思いがけない出合いも 【特集】ようこそ移動販売

改造した軽トラックに古本を積んで仙塩地区や宮城県北で出店する「テンガロン古書店」。この日は大郷町であったフリーマーケットに出店した

 イベント会場でほっとひと息つけるカフェ、古本屋が無い地域を中心に回る古書店、買い物難民の頼りになる食料品店―。商品がより必要とされるシーンを求めて各地を回る。そんな移動販売のココロを取材した。

<テンガロン古書店>古書積み東へ西へ  元校長、開拓精神発揮

テンガロン古書店のロゴマーク

 西部劇の大ファンで、店主の佐々木清秀さんがテンガロンハットをトレードマークにしているのが店名の由来。大崎市古川の自宅脇の倉庫を店舗にしているが、営業は不定期。「店で待っているより、積極的に出かけて、いろいろな人とコミュニケーションを取った方がいい」と佐々木さん。 

 松島町の瑞巌寺参道で開かれる「杉道市(さんどういち)」に参加するときは「歴史好きが多い」とみて歴史関係の本を、バンドのライブ会場に招かれたときは音楽雑誌を用意すると、売れ行きは好調という。 

 移動古書店を始めたのは、佐々木さんが利府支援学校の校長を定年退職した後の2019年。趣味の映画パンフレット収集の延長的に、古書を買い取って販売することにした。

 全くの素人だったから、買い取りや売るときの値段はインターネットで調べるなどして勉強した。人づてになじみのない街に出向き、人脈を広げて販売や仕入れに励む。米国・西部開拓時代の精神が、佐々木さんに宿っているのかもしれない。 

 連絡はTEL070-4375-2413(10:00~17:00)。

ゼンマイ式の古時計は修理して販売する。「ボーン、ボーン」といい音が鳴る
絵本は大人にも人気があるという
佐々木清秀さん

<ハイジの牛乳やさん>「買い物難民なくしたい」 食品積んで家々回る

常連さん宅を回る佐藤篤さん=太白区

 いつもの場所に着くと、古いアニメの主題歌を流して到着を知らせる。荷台を改造した軽トラックに商品を積み、気仙沼市を除く宮城県内で食品の移動販売を手掛ける「ハイジの牛乳やさん」。運営する北商乳販(宮城野区)は3台の軽トラを駆使して家々を回る。 

 買い物難民をなくそうと、同社は1999年ごろから移動販売を開始。毎朝、北海道から届く牛乳をメインにパン、総菜、菓子など多種多様な食品を仙台市中央卸売市場でそろえる。大手スーパーとの違いを演出するため、あえてマイナーなメーカーの食品を仕入れることも。家庭の事情や外出が難しい人や、高齢世帯からの立ち寄り要請が多いという。同社営業・販売部長の佐藤篤さんは「朝から夜まで毎日30~40軒を回ります。寄ってほしい方は電話ください。ルートに応じて検討します」と話す。連絡はTEL022-259-1764へ。 

<甘味処 角ちん>震災経て起業 祖母の味継ぎ大判焼き

自慢の大判焼きを手にする角田明さん。焼きたての皮はサクサクして香ばしい。持ち帰りの人にはモチモチを食べてもらうため蒸してから渡す

 あんこ餅が評判だった女川町の実家「角田ちん餅店」は、東日本大震災の津波で流された。作っていた祖母は行方不明のまま。「あの味がないと寂しい」という旧友らの声を受けて2017年、脱サラして大判焼きの移動販売「甘味処 角ちん」を始めた角田明さん。自身も若林区に新築したばかりの自宅を津波で失った。逆境の中での起業だった。 

 復活させたあんこは大判焼きに合うよう改良。あんこは160円、人気ナンバー1はあんことバターが入った「あんバター」(180円)とか。平日はみやぎ生協、週末はイベント会場に出店することが多いという。

<SUNNY SITE COFFEE>「動く固定店舗」がゆく ほっとひと息を提供

「SUNNY SITE COFFEE」の車体。「見掛けたらぜひ寄ってください」と池田栄進さん
カップにプリントされているのは、池田さんデザインの「SOMETHING BLACK 」というキャラクター

 つや消しグレーの大きな車体が存在感を示す。移動コーヒースタンド「SUNNY SITE COFFEE」。池田栄進さん=泉区=が2014年に営業を始めた。宮城県内はもちろん、声がかかれば山形や岩手など宮城隣県のイベント会場に出向く。 

 「自分のイメージでは『動く固定店舗』なんです。泊まりがけで複数のイベント会場を回るときは、積載している焙煎機で豆を煎ることもあります」。池田さんはこう話す。 

 メニューはドリップコーヒーの他、抹茶ラテやココアなど。音楽やスポーツといったイベント会場で「ほっとひと息」を提供する。 

 池田さんは元々デザイン会社を経営していた。空いた時間を活用するため始めた移動コーヒースタンドが、今や本業になった。 

 「2週間ごとに豆の銘柄を変えています。夏はすっきりめ、秋冬はしっかりめに焙煎してます」と池田さんは話す。

<旅する移動雑貨店nicher>異国情緒の文房具 独自の品ぞろえ好評

宮城野区の高砂中央公園で出店した大内信雄さん。包装紙を購入した男性は「宝探し感覚です」と笑顔
ドイツやスペインなどさまざまな国の文房具が並ぶ

 ドイツやチェコ、オーストリアなど、さまざまな国で作られた鉛筆や消しゴム、水性ペンなどの文房具が並ぶ。おしゃれなメッセージカードは子どもから大人まで人気がある。 

 こんな独特の品ぞろえで、宮城県や福島県内のイベント会場やカフェを回るのは「旅する移動雑貨店nicher」だ。経営する大内信雄さんの本業は介護士で、移動販売は土・日曜が中心。「自分で業を起こしたい」という思いが募り2015年、好きだった雑貨や文房具の移動販売を始めた。 

 日本製をそろえたのでは量販店にかなわない。お気に入りのドイツ製鉛筆の仕入れルートを探す中で、さまざまな海外メーカーの文房具や雑貨と出合い、商品を増やした。 

 大内さんは「チェコの水性ペンを買うため、わざわざ探して来てくれる人もいます。うれしいですね」とにっこり。

宅配にない魅力 思いがけない出合いも

作田竜一教授

<宮城大食産業学群 作田竜一教授に聞く>

 「食」と「地域の暮らし」などの観点から現代社会の課題を研究する中で2年前から、宮城大は町内会やみやぎ生協と共に太白区人来田地区で食品スーパー的な「小型移動店舗」の運行試験に取り組んでいます。同地区は商店が少なく、高齢化が進んでいるため、移動店舗のニーズが高いことが背景があります。

 移動店舗は、カタログで商品を選ぶ宅配や通販では満たせない「商品を見て決めたい」という欲求を満たせます。例えば「家を出て歩く」「販売する人を含め、集まった人と話ができる」など多面的な機能が派生します。

 マルシェ会場で古本や雑貨などの店を見つけることは「意外な出合い」といえます。「こんな所に、こんな店が」という驚きとともに、買い物を楽しめるのです。

 経営側には「移動店舗なら初期投資が少なくて済む」というメリットがあります。物事の移り変わりが激しい現代、路面店の維持は容易ではありません。コロナ禍を経て、移動店舗はオープンエアを楽しむ選択肢の一つになっているのかもしれません。

さくた・りゅういち
農林水産省大臣官房参事官、同省消費・安全局 食品安全情報分析官などを経て宮城大教授。専門は食産業政策

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(河北ウイークリーせんだい2023年8月10日号)

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