頼る先なく、保護求める <女性と困難 支援の現場から(1)脱出>
性被害やドメスティックバイオレンス(DV)、経済困窮などの問題に包括的に対応する「女性支援法」が4月、施行された。女性たちが直面するさまざまな課題には、家父長制や男女格差の影響が色濃く残る。東北の当事者や支援者の声から、困難の実相を見つめる。(せんだい情報部・菊池春子、丸山磨美)=6回続き=
「ばんざーい、ばんざーい、ばんざーい」。2022年10月、宮城県内の自宅からタクシーに乗り込むと、高校生の長女と中学生の長男(いずれも当時)は声を上げて喜んだ。
小百合さん(50代、仮名)が2人と向かったのは、DVの被害者らを一時保護するNPO法人ハーティ仙台(仙台市)のシェルター。夫が職場にいる日中に、警察署に捜索願を受理しないよう届け、長年の精神的・経済的DVや「教育虐待」から逃れた。
小百合さんは出産を機に仕事を辞めた。医療関係の仕事に就く3歳年上の夫の言動が大きく変わったのも、同じ頃だ。「夫の言う通りに動かないと、罵詈(ばり)雑言を浴びせられる奴隷だった」と小百合さん。病院に行きたいと言っても許されない。言わずに行けば「なんで黙って行ってんだ、うそつき女が」とののしられた。何をしても、しなくても、夫からの攻撃の材料になった。
夫は高級外車も含め車を2台所有。年に何度も家族を伴ってディズニーランドに出かけた。一方で小百合さんに渡す毎月の生活費は長らく5万8000円だけ。それすら「子どもたちの成績が悪い」などと理由を付けては減額した。
長女と長男には毎日膨大な量の勉強を課し、終わらなければ翌日分に上乗せする。「こんな成績しか取れないやつは俺の子じゃない」などと理不尽に責めた。長男には発達障害の傾向があったものの、診断を受け特別支援学級に通うことを夫は拒否。長男が長女に話しかけることを「勉強の邪魔になる」と禁じた。
長女は追い詰められ、精神的に不安定になっていった。小百合さんは3人で家を出たいと役場に何度も相談したが、有用なアドバイスは得られなかった。パート代は生活費の穴埋めで消え、蓄えはほぼない。結婚後、親兄弟や友人との縁は切れ、頼る先がない。家を出る手だてが見つからなかった。
光が見えたのは22年7月。長年DVの被害女性らを支援してきたハーティ仙台の催しに参加した際、代表理事の八幡悦子さん(71)からシェルターでの一時保護や脱出に向けた手順などを教わった。「この機会を逃せば家を出られない」。決意を固めた。
小百合さんの相談を受けた役場の対応について、八幡さんは「身体的暴力がなく、外から見れば経済的余裕のある暮らし。深刻な状況と受け止めなかった可能性がある」と推し量る。
女性支援の強化をうたう女性支援法と、精神的DVへの保護を強める改正DV防止法が4月に施行された。八幡さんは「何が問題なのか相談員が聞き取れなければ支援につながらない。相談員がしっかり教育を受け、複数で対応を協議するような手厚い体制が必要だ」と指摘する。
小百合さんは夫と離婚裁判中だ。「働かないと食べていけない不安はあるけれど、夫と暮らす絶望よりはいい」。子どもたちが「私たちのお城」と呼ぶ賃貸住宅で暮らし、生活基盤を整えつつある。
相談から自立まで包括対応 4月施行の新法
女性支援法は、困難を抱える女性への支援の在り方を刷新する新法だ。女性を巡る課題の複雑化、多様化、複合化に対応し、相談から保護、自立までの支援を包括的に提供することを目指す。
これまで性被害や困窮などに苦しむ女性への公的支援は、1956年制定の売春防止法を根拠とする「婦人保護事業」として進められてきた。「売春を行う恐れのある女子の保護更生」を枠組みとしており、DV被害や生活困窮、家族関係の破綻など問題が多様化する中、対応に限界が生じていた。
新法は当事者の意思を尊重して包括的に自立を支援することを明記。支援の実施を、国と自治体の責務と規定した。各都道府県の婦人相談所は「女性相談支援センター」、婦人保護施設は「女性自立支援施設」、婦人相談員は「女性相談支援員」に改称した。
さまざまな事情で日常生活を営むのが難しい女性を支援の対象と位置付け、民間団体との協働も盛り込んだ。
ハーティ仙台の電話相談は無料で女性専用。連絡先は022(274)1885=平日午後1時半~4時半、火曜午後6時半~9時=。メール、チャット相談もある。
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