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大谷翔平「50-50」 子どもの頃から規格外「普通のヒットで二塁まで」 古里岩手の指導者ら回顧

盗塁に必要な技術とスピードを身に付けた水沢リトルリーグ時代の大谷(左)=佐々木さん提供

 150年近くにわたり数々の伝説的な選手がプレーした米大リーグで、誰も成し遂げられなかった50本塁打、50盗塁。ドジャースの大谷翔平(30)=岩手・花巻東高出=が、前人未到「50-50」の領域に到達した。奇跡ともいえる次元で融合したパワーとスピードは、古里岩手の少年時代に培われた。(北上支局・江川史織)

盗塁に必要な技術とスピードを身に付けた水沢リトルリーグ時代の大谷(左端)=佐々木さん提供

 規格外の小学生スラッガーとして名をはせていた水沢リトルリーグ(岩手県奥州市)時代、大谷は走塁でも特異な才能を見せた。

 水沢リトル創設者で、大谷を6年間指導した浅利昭治さん(75)=奥州市=は「翔平は運動会の徒競走で毎年1位だった。脚が長くて回転が速い。野球でも『常に次の塁を目指せ』とたたき込んだ」と振り返る。

 現在の美しいフォームの原型が自然に出来上がり、約18メートルの塁間をわずか5、6歩で駆け抜けた。他の子どもたちより頭一つ高い長身と大股が一見、緩やかに走っているような錯覚を生む。相手チームの外野手は油断し、送球を鈍らせた。

 「翔平は普通のヒットで二塁まで進んだ。プロになっても変わらない。リトル時代に身に付けた習性だ」

 盗塁に必要な瞬発力と技も水沢リトル時代に磨かれた。コーチが子どもたちの背後に隠れて手を鳴らした瞬間、全速で走り出すダッシュ練習。俊敏性を高め、スタートを切るタイミングを体に覚え込ませた。

 水沢リトルのコーチだった現監督の佐々木一夫さん(60)は「翔平は思い切りが良過ぎて離塁のタイミングをフライングしてしまい、怒られることもしばしばあった」と明かす。

 大谷は今季、盗塁成功率が90%を超える。あっという間に二塁、三塁を陥れ、メジャーの強肩捕手が送球を諦める場面も少なくない。

 佐々木さんは、大谷がベンチにいる時、相手投手に成りきって心理を読み、チームメートに教えていたことを思い出す。「野球勘はピカイチ。(盗塁に不可欠な)いい意味のずる賢さも備わっていた」

 花巻東に進学後は股関節を痛めるなどして盗塁を控えた代わりに、強打者としての基礎を築く。細身の体に丼ご飯一日10杯のノルマを課して増量し、体をつくった。ミート重視で巧みに左右に打ち分けたつもりでも、ボールははるかグラウンド場外の駐車場へ飛ぶようになった。

 当時、花巻東と県大会の覇権を争った盛岡大付高の元総監督沢田真一さん(59)にとって、大谷のバッティングは脅威だった。外野は右中間と左中間を締め、長打を警戒。「とんでもない子。今より飛びやすい金属バットで、まさに鬼に金棒だった」と振り返る。

 昨季はアジア選手で初の本塁打王になった大谷。今季は打者に専念したため、高校時代から抑制してきた盗塁を完全に解禁し、50本塁打、50盗塁を達成した。来季は投打の二刀流が復活する。

 沢田さんは「走攻守が突出してメンタルも強い。あれだけのパワーとスピードが備わったのは、想像を絶する努力の成果だ。『限界』という言葉はないのだろう」と賛辞を惜しまない。

今季50本塁打となる2ランを放ち、ベンチから出て歓声に応えるドジャースの大谷(中央)=19日、マイアミ

「自分を自在に変えられる」野球動作解析の第一人者の川村卓筑波大教授

 野球動作解析の第一人者で、米大リーグ、ドジャースの大谷翔平(30)=岩手・花巻東高出=を研究してきた筑波大体育系の川村卓教授(54)に、野球史を塗り替えた今季の活躍について聞いた。(盛岡総局・島形桜)

大谷の打撃について語る川村教授

 ―異次元の活躍をどう見るか。

 「素晴らしいフィジカルと対応力で、普通に考えれば不可能なことを達成した。移籍して最初のシーズンであり、あらゆる面でタフでないと難しい。自分を自在に変えられる選手だ」

 ―移籍した影響はあったのか。

 「大型契約を結び、『最初が肝心』とかなり意識していたはず。序盤の打率の高さを見ると、チームが勝つためにどうすべきか考えていたのだろう。環境の変化への適応が難しい中で、自分を保ち続けたことがすごい」

 ―大谷の打撃の特徴は。

 「ノーステップ打法で、頭の位置を動かさずに重心移動するフォームだった。まねしようとしても普通は腰砕けになってしまう。大谷選手は尻やハムストリングスなど後ろ側の筋肉が強靱で、体重をうまく支えられるため、そのフォームが可能だ。走る際の横ぶれを防ぐためにも必要な筋肉でもある」

 「昨季にバットのメーカーを変え、長さが2・6センチほど長くなった。わずかだが、打者からすると大きな違い。バットが長くなると飛距離が出やすくなる半面、扱いが難しい。昨季の序盤はバットを高い位置に構えるフォームで調子が出なかった。グリップの位置を下げてから本塁打を量産し始めた」

 「今季はバットに慣れてきた様子がうかがえ、再び高い位置になっていた。高めに構えると、振り下ろす動作をより強く速度を持った状態でできる。バットを球の下部に入れて振り上げる大谷選手特有の動作をうまく使える。一方で動作が大きくなり、差し込まれやすくなる弊害もある」

 ―今季の本塁打の傾向は。

 「昨年は中堅よりやや左方向が多かったが、今年は右翼席への一発が目立った。昨季ならば途中で落ちてツーベース、切れてファウルになった打球。本塁打王になるには、完璧ではない当たりや詰まった当たりを、いかにスタンドに運べるかが大事になる。序盤は『去年と違うから駄目』との声もあったが、今季は本数を稼げると感じていた」

 「前半は高めの球で勝負される打席が多かった。バットを振り上げたいところを、ヘッドを立てヒットを量産。5月頃から内角球が増え、右方向へ打つようになった。データを活用して投手ごとに攻め方を頭に入れ、常に最善策を考えている。チームに強打者が多く、勝負される機会が増えたこともプラスに働いた」

 ―盗塁数が大幅に増えた理由と優れている点は。

 「走りのフォームが非常に良くなった。大谷選手は肩回りの可動域が大きいため、走りに横ぶれが生まれやすく動きに無駄が出る。昨季まではその傾向があり、けがのリスクもあった。今季は走りのトレーニングに時間をかけて陸上選手のように体を効率よく使い、体幹がぶれない股関節中心に動かす走法に変化した」

 「データを使って投手の癖や配球を読み、確信を持って走っている。捕手が諦めるくらい余裕のタイミングで二塁に到達している。米国の土は日本よりも硬くて滑りやすい。脚の長さもあって距離を長めに取るスライディングをして、タッチをうまく避けている」

 ―どのように体づくりをしてきたのか。

 「大きい筋肉から鍛える方法は効率はいいが、投手に必要な腕のしなりや肩周りの動きをつかさどる筋肉を使いづらくなり、球速が出なかったり痛める原因になったりする。プロ野球選手が最も活躍するのは20代後半。急な肉体改造は控え、徐々に体をつくった方が良い。大谷選手が日本ハム1年目の時、そういった話をした。当時19歳で、筑波大まで一人で訪ねてきた。そんな心意気のある選手は初めてだった」

 ―来季は投手を再開するとされる。打撃と走塁で高水準を保ち、投手としても成績を残すことは可能か。

 「調子が良ければ15勝、40本塁打は難なく達成するのではないか。盗塁はローテーションを守れる投手が少ない状況で、球団からストップがかかる可能性がある。ただ、今年も完全に裏をかかれたように、われわれの想像を超えていくと思う」

 「本人は数字にあまりこだわらない。最大の目標のワールドシリーズ優勝に向け、チャレンジし続ける姿勢が素晴らしい。どんな声も意に介せず、自分の信じる道を進み続けるだろう」

 ―再開した投手練習を見て感じることは。

 「今のところは順調と思うが、手術したばかりでどうしても負担はかかってくる。来季はシーズンを投げ切るための配球が必要だ。日本では負担のかかりにくい緩急のある投球が一般的だが、大リーグではどんどん投げ込み、打ち取るイメージ。日本の常識が当てはまらない」

 「けがのリスクを減らす方法の一つはツーシームで打ち取り、無理に三振を取りにいかない投球。大谷選手が多用するスイーパーは肘に負担がかかり、心配な面もある」

 ―大谷の研究を通じて感じることは。

 「ある意味、我々の研究で言えば『外れ値』の選手だ。データや数値を出す中で、別物として考えないといけない。逆に言えば『こういうこともあるのか』と思わされる」

 「これまでの日本人選手は大リーグの投手の手元で動いたり沈んだりする球に苦戦した。球の上をたたき、打球が上がらなかった。だからこそ(本塁打ではなく安打を量産した)イチロー選手の活躍があったとも言える。現在は大谷選手がファーストペンギンとなり、後発の選手に影響を与えている」

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