もし大谷が野球ではなく○○をしていたら 短距離走、やり投げ、バタフライでも…
異次元のパワーとスピードを兼ね備えた大谷翔平(30)は野球の枠を越え、多くのスポーツ関係者に希望を抱かせ、想像をかき立てる。「もし大谷が野球ではなく○○をしていたら…」。地元岩手の関係者に青写真を描いてもらった。(盛岡総局・島形桜)
今季進化したのが既に51盗塁を決めた走力だ。投球動作を盗んだスタートやスライディング技術の高さは前提として、90%を超える成功率の秘密は何か。
岩手大講師で動作分析などを研究する奥平柾道さん(31)は一塁から走り出す際の姿勢に着目。「体と脚の前傾姿勢が陸上選手と同じような角度になっている。塁間の限られた距離での加速に必要で、前への推進力も高い」と分析する。
スピードを支えるのが技術だという。走る速さは「歩幅×脚の回転数」で決まり、一般的に足が長いと歩幅は大きく、高速で回転させ続けるのが難しい。大谷について「大きな歩幅と脚の動かす速さを両立している。股関節をうまく使い膝に負担をかけない走り方もできている」と感心する。
大谷が今季取り入れたトレーニング器具「1080スプリント」はワイヤを腰につなぎ、負荷をかけてスピードや加速度を測定する。日本に10台ほどあり、奥平さんが顧問を務める岩手大陸上部でも使っている。
「後ろから引っ張られながら走ると体の軸を意識しやすく、フォームを改善できる。エンゼルス時代より前傾姿勢が一直線でバランスがよく、脚の回転数も高い。自身の思考力や嗅覚も含め、うまく科学反応が起こった」と指摘する。
「世界レベルで活躍できる」
大谷が陸上競技に足を踏み入れたら…。奥平さんは「短距離型で、30~50メートルは陸上選手と比べても遜色ない可能性がある。100メートル10秒台で走れるのでは」と推測する一方、より適性があるのはやり投げだという。「助走が速いほど距離が伸びる。本来の投げる力も重なり、世界レベルで活躍できる」と太鼓判を押す。
大谷は幼少期、スイミングスクール「水沢スポーツクラブ」(奥州市)に通った。専務の千葉義子さん(62)は「あれだけ強い体と気持ち、考える力があれば水泳でも間違いなく一流の選手になっていた」と言い切る。指導歴42年の中で「センスが良く記憶に残る生徒の一人」と振り返った。
当時から手足は長いが、まだ細身で肩甲骨の目立つ体形。「のびやかなフォームや背中の使い方が目に焼き付いている」。特にバタフライは一級品だった。野球にも必要な肩の柔軟性が際立っていたという。
幼少期から「飛び抜けて早い」ペースで平泳ぎや背泳ぎなど4泳法を身に付け、本格的に野球を始めた小学3年まで通った。高学年の頃には、小学校対抗の水泳大会で代表に選出。スクールの「選手コース」に通う児童に交じり、バタフライ50メートルで入賞した。花巻東高でも水泳トレーニングに取り組んだ。
千葉さんは「けがをしない体づくりに一役買っていたらうれしい。水泳が他の競技で輝く選手の土台やきっかけになればいい」と喜ぶ。
「ドキドキ止まらない」「まるで漫画だ」沸く地元岩手、一気に最高到達点
米大リーグ、ドジャースの大谷翔平(30)=岩手・花巻東高出=が50本塁打、50盗塁を達成した20日、地元岩手は前人未到の快挙に沸いた。「市民の誇り」「まるで漫画だ」。称賛の声はやまず、初進出となるポストシーズンでのさらなる活躍に期待を膨らませた。
大谷の出身地奥州市にある美容室「シームス」では、本塁打数と盗塁数を示す店内のカウンターを「51-51」に切り替え、来店客と喜びを分かち合った。
オーナーで私設ファンクラブ運営の菅野広宣さん(63)は「世界一の選手がキャンプ時からイメージして努力を積み上げてきたのだろう」と偉業をたたえた。念願のプレーオフ進出も決まり「ワールドチャンピオンになる夢が近づき、ドキドキが止まらない」と声を弾ませた。
奥州市は20日納品されたばかりの横断幕を披露。記念ステッカー計2000枚が24日以降、市役所など4カ所で配布される。倉成淳市長は「市民一人一人の心に賞状があり、その気持ちが届いたのではないか」と喜んだ。
かつて所属した水沢リトルリーグ(奥州市)の後輩たちも心躍らせた。キャプテンで前沢小6年三宮颯真さん(11)は「プレーを研究して技術を磨きたい」と意気込み、金ケ崎一小6年高橋幸大さん(12)は「世界で戦う大リーガーになりたい」と目を輝かせた。
被災地に勇気と元気
大谷のプレーは東日本大震災の被災地を勇気づけてきた。陸前高田市の災害公営住宅に住む自営業泉進さん(76)は、花巻東高時代から応援を続けており「岩手県人が世界で活躍する姿が日々の励みになっている。記録達成はすごくうれしい」と感激していた。
野田村の公務員藤田洋気さん(35)は「神がかった活躍だった。世界一になるためにドジャースへ移籍したはず。成し遂げて、さらに伝説をつくってほしい」と期待した。
大谷が日本ハム入団後、高校時代の同級生と2度訪れた盛岡市の飲食店「遊食屋FUJI next」。来店時に撮影した写真が飾られている。店長の藤原和広さん(64)は「食器を端に寄せたり、ごみを片付けたり。礼儀正しい青年だった。『この後はみんなでカラオケに行く』と言っていた」と振り返る。
2度目の来店時は20歳を超えていたが、酒を口にせず、ジンジャーエールしか飲まなかったという。「ストイックだから偉業を成し遂げられたのだろう。大谷の活躍は岩手の人にとって元気の源。これからも見守っていく」と誓った。
古里から全世代が連日、エールを送り続けている。「へえー、いやあ、本当にすごい」。一関市の無職佐藤静子さん(85)は偉業の知らせに驚いた。大谷を伝える新聞記事を切り抜いており「高校時代より体ががっちりしたし、自分がやるべきことをしっかりやったからでしょう」と分析。「来年も楽しみ。大いに期待しています」と興奮しきりだった。
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