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仙台市の新音楽ホール・震災メモリアル複合施設 2031年度開館へ国際的な建築家の手で動き出す

複合施設の開放的なエントランスロビーのイメージ

 仙台市が整備する新音楽ホールと東日本大震災中心部メモリアル拠点の複合施設の基本設計は、藤本壮介建築設計事務所(東京)が担うことが決まった。2031年度の開館を目指し、350億円の整備費を投入する一大プロジェクトが、国際的に活躍する建築家の手で動き出す。(せんだい情報部・佐藤理史、高橋公彦)

建物全体で5000人規模の劇場に可変

藤本氏がハンガリーで手がけた音楽施設「ハウス・オブ・ミュージック」(c)House of Music Hungary

 「それぞれの震災の体験や記憶を大切にしつつ、ある特別な瞬間には音楽の力で、被災地と遠く離れた人をつなぐ場になる」。5者が臨んだ9月8日の最終審査で、藤本壮介氏は未来への期待を膨らませた。

 提案は最大2100席の音楽ホールを中心に、放射状に配置された長方形のスラブ(床板)が目を引く。スラブはバルコニー席やホワイエ(交流スペース)、テラスとなる。ガラス扉や壁を開け放つと、建物全体が5000人規模の劇場に変貌する仕掛けを備える。

 市の施設整備アドバイザーを務める本江正茂東北大大学院准教授(建築デザイン)は、他者の提案がロビーなどで二つの施設を関連付けたのに対し、音楽ホールそのものに独自の形式を持たせることで相乗効果を生み出そうとする構想が評価を集めたとみる。

 東京大の大野秀敏研究室の兄弟弟子に当たる藤本氏について「難しい問題に『この手があったか』と膝を打つようなシンプルな解決策を見せるのが特徴だ」と解説する。

 最終形を予想する上で参考になるのが、藤本氏が設計を手がけ、ハンガリー・ブダペストに22年完成した「ハウス・オブ・ミュージック(音楽の家)」。高さ最大12メートルのガラス板94枚を使用し、周囲の公園と溶け合った開放感のある空間を作り上げた。

音楽で被災地と人つなぐ 提案の具体化へ市民と対話

ガラス張りの開放的な音楽ホール=ハンガリー・ブダペストの「ハウス・オブ・ミュージック」(c)Iwan Baan

 複合施設の外観も、青葉区青葉山の景観との調和を重視した。建物は地上4階、地下1階、延べ床面積3万1388平方メートルと巨大。「高さの異なる屋根で分節し、圧迫感を減らした。小さな木々が集まって森ができるのに近い」と藤本氏。日本の伝統建築に倣い、深いひさしも持たせた。

 同事務所は提案を具体化し、詳細を詰める中で、市民との対話を重視する。今後、市内にサテライトオフィスを設置し、スタッフが常駐する。藤本氏自身も週1度は訪れ、最低でも月1回開く市民らとのワークショップに加わる考えだ。

 藤本氏は「自分の性格もそうだが、設計の手法も柔軟性がある。市民や関係者の声に耳を澄まし、一緒に作り上げていくことを一番大切にする」と約束する。

多様性への配慮やコスト上振れに懸念

複合施設の模型

 仙台市の新音楽ホールと東日本大震災中心部メモリアル拠点との複合施設整備を巡っては、音楽関係者から期待の声が上がる一方、多様性への配慮やコスト上振れに対する懸念も浮上している。

 音楽ホールは仙台フィルハーモニー管弦楽団の新たな本拠地となる。首席ティンパニ奏者の竹内将也さん(48)は「キャパシティーが広がり、レパートリーを増やせる。東京をはじめ各地の演奏団体が集まるようになって、市民にも仙台フィルにもいい刺激になる」と高揚感をにじませる。

 ガラス張りで開閉式のホールは音響面に加え、楽器にとって大事な温度や湿度の管理が難しいとの指摘もあるが、竹内さんは監修する永田音響設計(東京)に信頼を寄せる。「国内外の著名なホールの設計に携わっており心強い。設計段階から最高の音響を追求してもらえる」と演奏の機会を心待ちにする。

 障害の有無や年齢にかかわらず、誰もが使いやすいユニバーサルデザインの視点からは懸念も聞かれる。

 障害者や高齢者に観光情報を提供するNPO法人「仙台バリアフリーツアーセンター」理事長の岩城一美さん(49)は、異なる高さのスラブが階段やスロープでつながる2階部に着目。「面白い建物だと感じるが、車いすの利用者には難しそう」と第一印象を語る。スロープは勾配が法令に沿っていても、距離が長ければ負担が大きくなる。

 エレベーターの台数は足りるか、大人も横になれる大型のシートが設置できるトイレの広さはあるか…。岩城さんは非常時の対応を含めて多くの疑問点を挙げ「現段階では当事者の意見を丁寧に聞いたようには感じられない」と指摘する。

「中心部にメモリアル拠点は必要か」との声も

 施設整備費にも厳しい目が向けられている。藤本氏が会場デザインプロデューサーを務める2025年大阪・関西万博では、会場建設費が当初想定から1・9倍の最大2350億円に膨らんだ経緯があるからだ。

 人件費や資材費の高騰が原因とはいえ、同様のリスクを抱える。市議会からは、工事費などの初期費用だけでなく、維持管理や改修などを見込んだ総費用の抑制を求める意見が上がる。

 「そもそも中心部にメモリアル拠点は必要なのか」。若林区荒浜地区で震災伝承活動を行う「ホープ・フォー・プロジェクト」代表の高山智行さん(41)は改めて問題提起する。

 市内には震災遺構の荒浜小、せんだい3・11メモリアル交流館(ともに若林区)があり、宮城県内外の沿岸部にも多くの遺構や伝承施設がある。

 「遺構はいずれ大規模修繕が必要になるし、伝承の担い手育成への投資は全然足りていない。巨額の公費をどう使うべきか、もっと議論すべきではないか」と訴える。

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