阿波研造(あわ・けんぞう)―弓道範士(石巻市)―「禅」思想 世界に広める

弓を構える阿波研造=1931年ごろ
阿波研造の墓=石巻市門脇町3丁目の称法寺

 雑念を払い、悟りの境地を開く「禅」。近年は自分らしいシンプルな生き方を目指す外国人が「ZEN」として親しみ、米アップルを創業した故スティーブ・ジョブズ氏も傾倒したとされる。その思想が世界に広まった背景に、石巻市出身の弓道家、阿波研造(1880~1939年)が大きく関わっている。

 研造は、桃生郡大川村(現石巻市河北町)でこうじ業を営む佐藤家に生まれた。幼少期から勉強家。裏手にある大忍寺の和尚に漢学や書を学び、17歳で自宅に子ども向けの塾を開いた。

 2年後、石巻市中心部にある同業の阿波家に婿入り。翌年に近所の弓道場に入門し、めきめきと腕を上げたが、家運が傾き始めて石巻を離れ、1909年に29歳で現在の仙台市青葉区一番町に弓道場を開いた。

 貧しい生活が続くある日、会津若松市の高名な弓術家、大平善蔵が弓の引き比べをするため訪れた。行射の順番が先になった研造は的の中心ではなく端の4カ所を射た。「中心にはあなたがふさわしい」という目上への心遣いと確固たる実力。善蔵は感銘を受け、研造が全国大会に出るための資金援助を続けた。

 この頃から研造は松島・瑞巌寺の盤龍禅師の下で禅の修練に励み始める。修行の末に「的を射る」という邪念を捨てて無心で矢を放てるようになり、百発百中の実力を手に入れたという。17年には全国大会で8射全て的中の偉業を成し遂げ、頂点に立った。仙台の道場は入門者が殺到した。

 46歳の時、ドイツ人哲学者オイゲン・ヘリゲル(1884~1955年)が弟子入りした。当初は「心で射る矢」の理解に苦しんだが、3年以上に及ぶ修行で、弓道は単なるスポーツではなく精神を錬磨することが目的だと気付いた。

 ヘリゲルは帰国後の48年、研造の指導から学んだ禅の教えをまとめ、「弓と禅」を著した。日本語や英語、ポルトガル語に翻訳され、禅の入門書として世界的ベストセラーとなった。

 「弓聖阿波研造」の著書を持つ青葉区の元東北大教授、池沢幹彦さん(84)は「日本文化の紹介者として著名なヘリゲルが書いた『弓と禅』は、外国人が弓道や禅に興味を持つきっかけになった」と言う。

 石巻市門脇町の称法寺にある研造の墓は東日本大震災の津波で倒壊したが、全国の支援者の協力で2013年に復元された。その功績をたたえ、地元弓道会の有志が墓の管理を続ける。
(石巻総局・大芳賀陽子)

[メモ]旧制二高や東北帝大(現東北大)の弓道部で師範を務めた。1927年に大射道教という流派を興し、同年に範士となった。生誕100年記念の81年に始まった弓道大会が毎年4月に仙台市で開かれる。「弓と禅」には、研造が暗闇で2本続けて矢を的中させたとの記述がある。

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みやぎ 先人の足跡

 私たちの暮らす現代社会の豊かさは、先人たちのたゆまぬ努力と強靱(きょうじん)な意志、優れた知性や感性などに支えられ、長い年月をかけて育まれてきた。宮城の地域社会に大きな影響を及ぼしてきた人々の足跡をたどり、これからの社会やおのおのの人生をより良くするヒントを学び取りたい。

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