デスク日誌(2/23):小欄に神宿る

 仕事柄か性格か、紙面も細部ほど気に掛かる。
 土曜のワイド東北面に載せる「3・11義援金」の告知と数行足らずの「河北新報へ義援金を寄託した皆さま」欄。儀礼的意味合いの強い短信だけに、目を留める人がいるのだろうかと半信半疑でチェックする。
 最近は寄託が一件もなく、掲載見送りも珍しくなくなった。半面、頻繁に見掛ける名前が知る限りでも10人近くいる。
 10年続く篤志の背景に一体どんな物語があるのか。見ず知らずの方々の心模様がずっと気になっていた。
 と、ついに見つけた。
 年金で暮らす70代後半の男性は、被災地に駆け付けて泥かきや炊き出しを手伝いたかったが、かえって足手まといになると思いとどまった日から、少額寄付を繰り返してきた。
 「河北川柳」欄に投句するのが日々の楽しみで、紙面に掲載されるたび「自分にご褒美」と貯金する。ある程度たまったら、寄託窓口を訪ねるのだそうだ。
 ささやかな喜びをひょうひょうと他者にお福分けする人がいる。その橋渡しを、知らぬ間に本紙が果たしていた。
 小欄に宿る神を見た。
(整理部次長 矢野奨)

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