「日常でも非常時もつながる世界に」 東日本大震災を機に誕生LINEの10年 江口清貴執行役員に聞く

 えぐち・きよたか 1976年、北海道生まれ。2005年オンラインゲーム会社入社、CFO(最高財務責任者)として管理部門を統括。12年、NHNJapan(現LINE)入社。公共政策室室長を経て、18年執行役員(公共政策・CSR担当)。LINEみらい財団専務理事、AI防災協議会理事長、情報法制研究所専務理事。20年8月から神奈川県CIO(情報統括責任者)兼CDO(データ統括責任者)を務める。

 国内約8600万人が利用するコミュニケーションアプリ「LINE(ライン)」は、東日本大震災をきっかけに誕生した。個人と個人をつなぐツールは、自然災害のたびに機能を強化し、いまや社会インフラの一部を担う。サービス開始から10年。防災との関わりやコミュニケーション形態の変化などを運営会社の江口清貴執行役員(公共政策・CSR担当)に聞いた。(聞き手はデジタル推進室長・安倍樹)

 

連絡が取り合えるツール目指す

―2月13日夜、10年前の記憶がよみがえるような最大震度6強の地震が起きた。
「当時、私がいた横浜もかなり揺れた。LINEでは、各サービスの持つ媒体から最新情報を配信するなどの対応を取った」

-LINEは東日本大震災をきっかけに始まったサービスだ。
「3・11が原点。連絡を取れなくて困っている人たちが街にあふれているのを目の当たりにしたことにある。親しい人の存在をスマホで簡単に確認できるツールとして開発した。以来、位置情報送信やLINE災害連絡サービスなど、緊急時に役立つ機能を追加してきた」

-震災被災地に何度も足を運んでいる。この10年をどう見ている。
「石巻や女川を訪れるたびに風景が変わっていることに驚かされる。一方で、変化していない地域もある。それぞれの住民の選択なのだろう。新型コロナもそうだけれど元に戻るだけではない。災害からの復興の形は一つではないと思う」

-防災分野で全国の自治体と連携を進めている。その契機も地震だった。
「2016年4月の熊本地震では、発生数日後に大きな被害を受けた益城(ましき)町に入った。そこで、役場職員や応援の自治体職員、医療関係者ら普段つながりのない人たちがLINEでグループをつくって情報共有し合っている姿を見た。例えば救援物資の積み重なった写真のやり取り。文章よりも情報量と臨場感があった。『こんな使い方があるんだ』と目からうろこが落ちる思いだった」
「熊本市のほか、鹿児島市の桜島噴火を想定した防災訓練でオープンチャット(注1)を活用してもらうなど、防災という社会課題を通して行政との関わりが増えた」
(※注1:オープンチャット=興味や関心など共通点を持つユーザー同士がトークルームの中で会話や情報交換を楽しむサービス。友だち交換をしていなくても利用できる)

-政府が主導するプロジェクトにおいても、防災の実証実験を行なっている。
「SOCDA(ソクダ)はAI(人工知能)を活用した防災チャットボット(注2)。LINEユーザーに被災の程度や現場写真を送ってもらうなどして被災状況を地図上に視覚化する。自治体の対策本部などと情報共有し迅速な対応に結び付ける」
(※注2:チャットボット=ユーザーと自動で会話するロボットプログラム。SOCDAでは、LINEや気象予報会社、自治体などが連携して情報収集・解析し、ユーザー一人ひとりに合わせた避難支援情報を細かく提供する)

シチュエーションは変わった

-ここまで社会に受け入れられたのはなぜだろう。
「使いやすいサービスを提供することに集中してきたからではないか。ユーザー側の抱える問題に解決策を企業側が提案していくのは企業活動の原点だ。防災分野でも私たちができる範囲で解決策を展開していくことが大事で、既存技術を組み合わせてサービスを展開している。普段使いしないものは災害時に使えないから」

-この10年でコミュニケーションのありようは変わったか。
「新型コロナウイルス禍でコミュニケーションに飢えているように感じるが、本質は変わっていないのではないか。ただ、シチュエーション(状況)が変わったのは確かだ。心地良さを求めて予期しない形態が生まれるかもしれない」
「LINEはインフラになることを目指してきたわけではなく、ユーザーと向き合う時間経過の中でインフラ的なものになった。今後のコミュニケーションの未来は正直分からない部分はあるが、情報がより高性能、高精度でやり取りできるようになっても人間の処理能力には限界がある。ユーザーが心地良く距離を縮めていける世界観構築を進めていきたい」

河北新報のメルマガ登録はこちら

企画特集

先頭に戻る