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津波の跡で 災害危険区域3167㌶―10年後の風景(上) 浜の更地、見えぬ活用

震災前に集落があった女川町野々浜地区の低平地。土に覆われた更地が広がる

 東日本大震災の津波で壊滅的な被害を受けた石巻地方沿岸部には、住宅が建てられない災害危険区域(※)が広がる。その広さは3167ヘクタール。産業用地や公園としてにぎわいを取り戻した土地がある一方、半島の浜の多くは土色が広がったままだ。あの日までは家があり、職場があり、学校があった。津波と、人々の営みの跡地。その10年と行方を見つめる。(「津波の跡で」取材班)

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 五部浦湾を望む女川町野々浜地区に、土に覆われた更地が広がる。「先祖代々が守ってきた土地。このままではずっと空き地のままだ」。カキ養殖を営む石森寛さん(55)が集落跡地を見つめた。

 震災前に27世帯が暮らした地区は、津波に襲われて災害危険区域になった。切り開いた高台には6世帯が暮らす。移転跡地には町が買い取った土地と、住民らの所有地が混在する。石森さんは「まとまった土地がなければ活用のしようもないのではないか」と行く末を危惧する。

<利用に地域差>

 東北の太平洋沿岸部に連なる災害危険区域で、跡地利用の現状は二極化が進む。仙台圏では産業用地が整備され、物流施設などが集積した。石巻地方でも、石巻市南浜地区は国と県、市が整備する津波復興祈念公園となる。東松島市大曲浜地区には企業が張り付き、女川町中心部は新たな商店街がにぎわいを生む。

 活用が進まないのは、牡鹿半島や離島の浜々だ。住宅の基礎が残ったり、雑草が生い茂ったりしたままの土地も多い。

 石巻市は半島部の移転元地165ヘクタールを買い取った。市は現在、そのうち110ヘクタールを「利用中」に分類するが、排水対策などの低平地整備事業を実行中の面積が含まれ、事業が終われば「未利用」に戻る。現状で活用予定のない元地は全体の7割近くに上るとみられる。

 市半島復興事業部の担当者は「元地の買い取りは被災者の住宅再建を支援するためで、土地利用を前提とした制度ではなかった」と難しさを語る。防災集団移転促進事業で買い取れたのは宅地と隣接農地で、店舗や工場は対象外だった。土地への愛着や地価の低下で売却しなかった住民も多く、移転跡地には市有地と民有地が虫食い状態に広がる。

 一体的な活用を可能にするため、沿岸自治体は元地の集約について国への要望を繰り返したが、国は既存の枠組みを超えることを認めなかった。

<重い財政負担>

 活用策がなくとも、放置はできない。市は雑草処理による元地1平方メートル当たりの維持管理費を年200円と試算した。100ヘクタールなら2億円に上る。

 市は整備事業が完了した元地で、地元住民への貸し付け、売却を進める。今後に向けて他地区の住民や企業への提供も検討するが、半島の小さな土地に活用策が見つかる可能性は高くない。市幹部は「元地の活用は被災地に共通する大きな課題だ」と指摘する。

(※)災害危険区域:地方自治体が建築基準法に基づき、津波など自然災害の危険が著しい区域を条例で指定し、住宅などの建築を制限する。東日本大震災で石巻市は1696ヘクタール、東松島市は1202ヘクタール、女川町は269ヘクタールを指定。合計面積3167ヘクタールには、同じ沿岸部の塩釜市と七ケ浜町の全域が収まる。

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