<東北の本棚>漁師の相互扶助を実体験

春を待つ海/川島 秀一 著

 漁業民俗研究をライフワークとしてきた著者は2018年春、福島県新地町の漁師の誘いを受け現地に移住した。東京電力福島第1原発事故の影響で試験操業を続けていた漁船の乗組員にもなった。民俗学者が調査地に住む事例は珍しい。本書は、潮風を全身に受けながら漁師の心に近づいた研究者による類を見ない一冊だ。

 新地の漁師らの相互扶助であり、労働交換でもある「ユイコ」が本書の大きなテーマ。ある時、船主、乗組員合わせて3人の船がスズキの大漁に恵まれた。スズキはあご骨が多く網から外しにくく、3人では対処しきれない。深夜に電話で浜に呼び出された著者は、身をもってユイコの力を知る。この時駆け付けた親戚や知人ら16人は、いつか自分たちが助けられるという。

 ユイコの基盤は何か、海の向こうから寄ってくる「寄りもの」に住民全戸で対応していた地元の伝承から探る。例えば、荒波のため砂でふさがる河口に対処する「ミナト切り」だったり、浜に揚がったクジラを全戸で分け合ったりした話を挙げる。今を生きる漁師の言葉も紹介し、ユイコの基盤にあると思われる「寄りもの」への共同性、平等性を説明する。さらに、こうした互助があって、漁船同士が協業的に行う試験操業がスムーズに行われたことを指摘する。

 市場価値のない「シタモノ」の記述も印象に残る。マツブと呼ばれる巻き貝に取り付かれ、べとべとになって身がなくなっている魚、小さなカニ、ヒトデ…。網から外しにくいシタモノと格闘する著者は、網の中の弱肉強食や多様性から海の持つ回帰的な力を実感し、新たな精神世界を感じ始めているように見える。

 著者は1952年気仙沼市生まれ。同市のリアス・アーク美術館副館長、東北大災害科学国際研究所教授などを経て2020年から日本民俗学会会長。(安)

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