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新「津波想定」、県が公表 震災時より浸水域拡大 石巻地方

想定で3~5メートル浸水することが予測された女川町役場
新たな市街地が形成された石巻市渡波地区。津波浸水想定では海岸線から山際まで地区全体に津波が及ぶと予測された

 県は10日、東日本大震災など数百年に1度とされる最大クラスの津波が最悪の条件下で発生した場合の浸水想定を公表した。石巻地方3市町の浸水面積はいずれも震災時より拡大。被災者が移転した内陸の新たな市街地にも津波が到達する予測になった。沿岸の最大津波高は女川町海岸通りの20.7メートル。各自治体は想定に基づき、防災計画の見直しを進める。

 浸水想定は三陸沖を震源とする震災級の巨大地震に加え、県沿岸部に津波が襲来する恐れがある日本海溝(三陸・日高沖)と千島海溝(十勝・根室沖)が震源の巨大地震も考慮。(1)地盤沈下(2)満潮(3)防潮堤破壊-の悪条件が重なった場合をシミュレーションした。

 浸水面積は石巻市が84.9平方キロメートルで震災時の1.2倍、東松島市が49.2平方キロメートルで1.3倍に及んだ。両市で被災者が住宅を移転、再建した蛇田、渡波、あおい地区などを含め、多くの市街地が含まれた。女川町は6.2平方キロメートルで2.1倍。3市町の庁舎も浸水域に入った。

 沿岸の最大津波高は石巻市が19.6メートル(雄勝町雄勝)、東松島市は10.6メートル(宮戸観音山)だった。県沿岸の海岸線から250~500メートル沖合に設定した代表地点のうち、最も早い第1波到達時間は石巻市が21分(雄勝町熊沢など)、東松島市は51分(宮戸大浜など)、女川町は25分(小屋取)と予測された。

 想定の策定は、震災を教訓とした2011年12月の津波防災地域づくり法施行に伴う措置。県は20年7月、有識者で構成する検討会を設置し、協議を進めてきた。県と沿岸市町は「住民の生命や身体に危害が生じる可能性がある地域」と国が定める「津波災害警戒区域」を指定するかどうかも協議する。

 村井嘉浩知事は9日の定例記者会見で「震災よりも被害の大きい津波が来ることがあると住民に知らせ、人命を守ることが意義。県が主体となって説明責任を果たしていく」と述べた。

 浸水想定は県のホームページで公表した。浸水区域と浸水深を地図上に表示。代表地点の津波高や到達時間なども記載した。設定条件や結果の解説、住民の疑問に答えるQ&Aも付けた。

【主な代表地点の第1波と最大波高の到達時間】
※東日本大震災と同じ三陸沖を震源とする巨大地震の場合

代表地点     第1波 最大波高(時間)
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◆石巻市 
北上町十三浜白浜 28分 14.0m(43分) 
   雄勝町船越 27分 17.7m(42分) 
     谷川浜 24分 18.7m(60分) 
      桃浦 46分 10.9m(57分) 
   北上川河口 51分  7.4m(59分) 
◆東松島市 
      矢本 55分  9.3m(62分) 
    野蒜洲崎 55分 10.0m(62分) 
    宮戸月浜 51分  8.8m(59分) 
◆女川町 
     女川港 30分 20.2m(46分)

 

3市町、避難計画見直しへ

 県が公表した新たな津波浸水想定では、東日本大震災の復興事業で整備した内陸や高台の造成地も浸水域に含まれた。石巻地方3市町は住民避難の在り方の再検証を迫られる一方、過度な不安を与えないための説明にも気を配る。

 女川町は海抜約20メートルの高台に建つ役場庁舎が3~5メートルの浸水域に入った。震災を教訓に整備し、2018年に完成したばかりだ。町企画課の担当者は「まさか浸水域に入るとは思わなかった」と困惑する。

 須田善明町長は「想定を軽視するものではない」としつつ「役場の移転や別の拠点整備などは現実的でない。別箇所での機能代替の手法検討、確保などソフト面の対応が適正と考える」とのコメントを出した。

 蛇田、渡波地区の新市街地などが浸水域となった石巻市は「今回の想定は人命を守る前提でのもの。まちづくりとは一線を画して考える」と受け止める。

 市は地域防災計画とハザードマップの見直しに着手するが、広がった浸水域に対応した避難方法を決めるのは容易ではない。市危機対策課の担当者は「条件を確認し、落とし込みながら検証する」と語る。

 東松島市も集団移転先のあおい、矢本西地区などが想定区域に入った。市は2014年に策定した津波避難計画を見直し、大津波警報発表時の避難指示対象地域を広げる方針。

 3市町は公表結果の主体的な説明を県に求める。住民説明会を開く予定の東松島市は県の担当者に参加を要請した。渥美巌市長は9日の定例記者会見で「集団移転先の住民らは『聞いていない』となってしまう。動揺させない説明が必要だ」と指摘した。

移転先住宅地も浸水域に

 東日本大震災で甚大な被害を受けた石巻地方は、被災した住民が内陸移転したり現地再建したりした住宅地の多くで浸水が予測された。「想定外」の怖さを知る被災者は命を守る避難行動の重要さを再確認した一方、防潮堤や高盛り土道路が完成してもなお拡大した浸水域に困惑の声も上がった。

 石巻市渡波地区は海岸線から山際まで地区のほぼ全体が3メートル以上浸水する予測になった。牡鹿半島で被災し、新市街地の一つ、さくら町2丁目に家族6人で暮らす女性(37)は「どこに住んでいても災害はある。命は自分たちで守るしかない」と冷静に受け止める。

 ただ、実際の避難には不安もある。内陸の稲井地区に逃れる避難道路の「渡波稲井線」は3月の津波注意報の際も渋滞が起きた。女性は「大きな地震の度に渋滞する。いざという時に役立つだろうか」と懸念した。

 新市街地では蛇田地区のあゆみ野も津波が及ぶ想定になった。門脇地区から移転し災害公営住宅に住むパート女性(55)は「津波被害のなかった場所なので安心していた。ここも浸水するなら、どこにどう逃げればいいのか」と話した。

 震災後に現地再建が認められた地区でも高い津波想定が相次いだ。釜・大街道地区は高盛り土道路の内陸側でも一部で5~10メートルが予測される。自宅を大規模改修して住む三ツ股3丁目の男性(71)は「高盛り土道路は高さが足りないと感じていた。気を付けて暮らしていくしかない」と語った。

 東松島市大曲浜地区の住民らが移り住んだ、あおい地区の小野竹一地区会長(74)は「防潮堤やかさ上げ道路で多重防御しており、ここなら津波が来ないと思って家を建てた。浸水を想定する根拠をきちんと説明してほしい」と求める。

 地区会の防災訓練も津波が来ない想定で実施している。「海沿いから逃げてきた人の受け入れも含めて訓練してきた。それも見直さなければならないのか」と複雑な表情を浮かべた。