見えない敵-届かぬ警鐘(下)リスク発信、正解見えず

事故後に建設が始まった福島第1原発の防潮堤。高さを最高で16メートルまでかさ上げし、2023年度の完成を目指す=今年1月

 2008年10月下旬。東北大教授の今村文彦(津波工学)は研究室で、東京電力の津波対策担当者と面会した。

 担当者は福島第1原発の津波対策を先送りする方針を説明し、次いで国の地震予測「長期評価」(02年公表)の扱い方について助言を求めた。

 「かなり過大で、非常に小さい可能性を追求するのはどうか」。今村は東日本沖の海溝沿いで巨大地震が「どこでも起こる」とした長期評価の見解に懐疑的だった。津波対策は切迫した話ではないと感じ、東電の方針におおむね同意した。

 その3カ月前。津波対策の先送りを指示した東電原子力・立地本部副本部長の常務武藤栄は「東電の方針を有力な学者に説明し、了解を得ること」を宿題とした。

 長期評価から津波を試算すると、福島第1原発は水没の危険が明白だった。対策の先送りは数百億円が見込まれる工事の費用対効果などを考慮した経営判断であり、規制当局が納得するか分からなかった。

 宿題とは、先送り方針を正当化するための「根回し」のことだった。

 当時、国や土木学会の津波検討会議の委員だった秋田大准教授の高橋智幸(水災害、現関西大教授)も東電から意見を求められた。「長期評価を考慮しなくてよい理由を示す必要がある」とあえて忠告した。高橋は今年7月、取材に「苦言が私の役割だと思ったので」と理由を説明した。

 長期評価に違和感を持つ専門家は少なくなかった。東日本沖の海底プレート(岩板)は南北で固着の程度が異なるとされ、福島県沖は過去に大津波が起きていない「空白域」というのが通説だった。

 空白域で大津波が起こらないとは言い切れないが、高橋も通説を信じていた。「実務で考慮するほど高い可能性ではないと考えていた。これが、われわれ専門家の『敗因』かなと思う」と高橋は語る。

 原発事故から5カ月後の11年8月。今村は政府の事故調査・検証委員会の聞き取りに「研究者として、きちんと扱えるデータを積み重ねて(津波を)評価しようとしたが、今思えば、それだけでは足りなかった」と無念さを吐露した。

 東日本大震災は、宮城県沖の本震の衝撃が周辺の海底岩板に伝わり、福島や茨城県沖の地震まで誘発した「連動型」だった。過去の発生例や通説に従う立場からは予想できなかった。

 今年7月、今村は東北大大学院教授の押谷仁(ウイルス学)らと学内セミナーで座談した。政府の新型コロナウイルス対策の専門家会議メンバーを務めた押谷。感染症の猛威と近年の自然災害について「経済性を優先させたことにより増大してきたリスク」と指摘した。今村はうなずいた。

 「限界がある中で見えないリスクを専門家がどう発信し、理解を得るべきか。原発事故ではどうすればよかったのか。今も自分の中で整理がつかない」。今村は自問を繰り返している。
(敬称略、肩書は当時)

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