見えない敵-数字の呪縛(上)安心の基準、風評の懸念

全量全袋が対象だった福島県産米の放射性物質濃度検査。基準値超がなくなり、本年度から抽出検査となる=2012年8月、福島県二本松市

 「風評被害の一因になっているのではないか」

 5月19日の衆院東日本大震災復興特別委員会。質問に立った自民党の元復興相根本匠(福島2区)は、福島の復興が直面する「二つの数値」に懸念を示した。

 一つは東京電力福島第1原発事故後に設定された食品中の放射性セシウム基準値。もう一つは土壌などの除染で長期目標としている年間被ばく放射線量だ。

 原発事故から9年以上が過ぎ、実態との乖離(かいり)が進んでいると根本はみた。政府側は答弁で、数値の妥当性を検証すると約束した。

 食品の基準値(一般食品で1キログラム当たり100ベクレル)は2012年4月、原発事故直後に設定された暫定規制値(同500ベクレル)に代わり導入された。除染目標は個人が受ける追加被ばく線量を年1ミリシーベルト以下にすることを目指す。いずれも民主党政権時に決まった。

 政権が交代した12年12月、根本が第2次安倍政権で最初の復興相に就いた頃、二つの数値は既に浸透していた。根本は復興相在任時、数値の見直しを考えていたのか。取材に応じた根本は今年6月、「少なくとも科学的、合理的なのかは問う必要があると思っていた」と言葉を選んで答えた。

 とりわけ食品基準値を「風評被害の元凶」と捉える関係者は多い。前原子力規制委員長の田中俊一(福島市出身)もその一人だ。

 田中は委員長在任中の14年10月、河北新報社のインタビューに答えて「基準値は低すぎる。見直し議論はいずれしなければならない」と踏み込み、国会で発言の真意を問われた。

 根本や田中が疑問視するのは、放射性物質で汚染された食品の割合を示す「占有率」。今の基準値の設定では、全ての国産品が汚染されていると仮定している。自給率に基づき流通する全食品の半分が国産品と想定するので占有率は50%。米国の30%、欧州連合(EU)の10%を上回る。

 基準値が導入された12年度から19年度まで、毎年約1万6000~約6万1000件が実施された福島県の農林水産物モニタリング検査。基準値を超えた農林水産物の割合は12、13年度は1%台、14年度は0.43%だったが、15年度以降は0.1%未満が続く。

 全体の大半は今や検出下限値(5~10ベクレル程度)にも満たない。「今も国産品が100%汚染されている、との前提は果たして科学と呼べるか」と根本は言う。

 暫定規制値から現在の基準値への切り替えは、当時の厚生労働相小宮山洋子の政治決断の側面が大きい。

 小宮山は今年6月の取材に「乳幼児を持つ保護者に(暫定規制値への)不安が根強く、『安全』から『安心』の基準にした。さらに厳しい規制を望む声もあったが、経済への影響も考える必要があると理解を求めた」と振り返った。

 基準値が風評被害を招いたとの指摘について、小宮山は「その時に最善と考える判断をした。おかしいなら変える必要はあるが、国民が納得するデータを伴わないと不信感を招き、かえって風評被害につながりかねない」と静かに語った。
(敬称略)

 福島第1原発事故の痕跡とも言える食品基準値と除染目標は、政治と科学の葛藤と妥協の末に生まれた。3回にわたり背景を検証する。

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