河北抄(5/31):プロ野球ロッテの仙台時代を先日、小欄で書…

 プロ野球ロッテの仙台時代を先日、小欄で書いた。何人かの方から「懐かしい」との声を頂いたので続編を一つ。

 1973年10月10日。県営宮城球場でのロッテ-太平洋ダブルヘッダー。阪急が優勝した後の消化試合だった。第1試合の先発は八木沢荘六投手。直球が伸び変化球も切れた。94球で1点を守り完全試合を達成。胴上げされ男泣きした。

 本来は第2試合の先発。村田兆治投手が寝違えて首を痛めたため急きょマウンドへ。おまけに金田正一監督が歯痛で欠場するというハプニングが重なった末の大記録だった。「やってやろうと思った。八、九回は喉がカラカラ」と八木沢投手。不在のカネやんは「おめでとう。私も(完全試合を)一度経験しているが、精進のたまもの」と談話を寄せた。

 78年8月31日。宮城球場で再びパーフェクトが演じられた。阪急の今井雄太郎投手がロッテ打線を封じた。「情けない話や」とカネやん語録が残る。その後、完全試合を成し遂げたのは94年の槙原寛己投手(巨人)だけ。仙台で見たい。もちろん、東北楽天の投手の快投を。

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