社説(8/9):東京五輪閉幕/残した課題はあまりに多い

 新型コロナウイルス感染拡大の影響で1年延期された東京五輪が、きのう閉幕した。この後、パラリンピックも控えるが、問われるもの、残した課題はあまりにも多い。

 まず、選手の健闘には拍手を送りたい。事前に多くの大会が中止になり、調整に苦しみ、競技を続けるかどうか悩んだ選手も多い。困難を乗り越え、大会が開催されたことや、周囲の支援への感謝を胸に、静寂の大舞台に立った。

 日本オリンピック委員会(JOC)は2018年、「金メダル30個」を目標に掲げたが、大会前には「目標達成に向けて、ひたむきに努力をしてきたことが評価されるべきだ」と強調した。

 日本勢の活躍は、胸を打つものがあった。ただ、結果や国を問わず、積み重ねてきた力を出し切る選手全ての姿は感動的で、スポーツの「魅力」や「価値」を再確認する機会となった。

 開催自体の是非が問われ、7月、宮城などを除いて原則無観客での開催が決まった。東京などで緊急事態宣言が発令される中の開催だったが、新規感染者は収まるどころか、全国で1日に1万5000人を超えるなど、拡大の一途をたどる。

 感染症の専門家は「五輪の盛り上がりは、ステイホームなどの呼び掛けと矛盾したメッセージになる」と警告していた。無観客でも間接的な影響は否定できない。

 大会組織委員会は、選手ら五輪関係者について、「バブル」と呼ばれる一般の国民と接触しない隔離措置を取り、「安全安心」を繰り返した。確かに五輪関係者による市中感染拡大の例は確認されていないが、選手村内での集団感染(クラスター)はあった。

 観客収容などを含めた大枠が直前まで決まらず、現場に混乱もあり、対応が後追いになった影響が感じられた。それでも、医療をはじめとする多くの関係者やボランティアらの献身的な協力が、運営を支えた面は大きい。

 原則無観客で、チケット収入を失った組織委の収支は赤字となることが確定的。つけは東京都民や国民に回り、今後、負担割合などが大きな問題となる。開催決定のプロセス、準備や運営の問題点なども含め、全般的な検証や透明性のある議論が求められる。

 過度に商業化してきた五輪の限界を露呈した大会でもあったが、新しい在り方として「東京モデル」を世界に提示できたかどうかは疑問だ。

 大会後の遺産(レガシー)も問われる。東日本大震災からの「復興五輪」という理念は、十分に発信できたかだろうか。今後も理念を継承していくため、地元からの強いメッセージが必要だろう。

 「多様性と調和」を掲げる中、複数の式典関係者が過去の差別的な言動を問題視され、直前に辞任・解任となった。パラリンピックは、このテーマもより注目される。

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