MVP最終候補入りの大谷翔平「目指される選手に」 高校時代、色紙に記した誓い

プロ野球志望届に氏名を書き入れる大谷=2012年9月18日、岩手県花巻市の花巻東高

変わらぬ立ち居振る舞い

 「目指される選手に 大谷翔平」

 大きな手ですらすらと色紙にペンを走らせた。左右のはらいの伸びやかさが目を引いた。しかし、18歳が目標に込めた思いの強さを、凡庸な記者はちゃんとくみ取れていなかった。

 2012年9月27日、岩手・花巻東高で大谷を単独取材した。9日前にプロ入りを表明したばかりの時期だ。プロ野球か、米大リーグか。関心を集めていた進路の話題には触れない条件で、学校の許可を得た。

 「高校最速(当時)160キロを出した時の心境は」。何度も聞かれている質問にも、礼儀正しく答えてくれた。短身の記者が「(身長を)15センチぐらい分けてよ」と言えば「ハッハッハ」と笑う高校生らしい快活さも見せた。自然体で前向きな立ち居振る舞いは今も変わらないように映る。

 制限時間は30分間。来歴を駆け足で確認し、最後にくだんの色紙をお願いした。書き損じに備えて3枚持っていったが、本人が一発オーケーを出した。

「目指される選手に」の色紙を持つ大谷=2012年9月27日、岩手県花巻市の花巻東高

大谷を突き動かす思い

 「ドラ1 8球団」。本来、色紙に書かれるはずだった目標だ。ドラフト1位指名の8球団競合は史上最多タイで、高校生で初となる。大谷は入学当初に抱負を立て、野球漬けの生活を送ってきた。だが、取材時点で「8球団」は目標ではなくなっていた。

 大リーグに挑戦する選択肢が浮上し、状況が変わった。プロ入りを表明した会見では「気持ちは五分五分」と語ったが、言葉や態度からメジャーへの強い憧れはだだ漏れだった。実際、ドラフト会議の4日前にメジャー挑戦を表明した。

 米大リーグを連想させる言葉も書けない状況だった大谷はどう出るか。興味津々で見ていた中で「目指される選手に」は正直、ぴんとこなかった。「うまくかわされた」とも感じた。

ぶれなかった軸

 繰り返しになるが、浅はかな受け止めだった。

 大谷にとって成績や賞は後に付いてくるものであり、目指すものではない。「もっとうまくなりたい」「誰もやったことがないことをやりたい」「目指される選手になりたい」。大谷を突き動かす要素はこの3点に集約される。国内かメジャーか。投手か野手か。周囲がどれだけざわついても、軸はぶれていない。色紙が何よりの証拠だ。

 ドラフト会議で強行指名した日本ハムにかつてない二刀流での育成方針を示され、入団を決めた。球団の全面支援を受け、5年間で着実に成長しメジャーへ。4年目の今季「ツーウェイプレーヤー」という唯一無二の選手像を描き出し、ア・リーグ最優秀選手(MVP)の最有力候補となった。

 「野球を始めるきっかけになるような選手に今度は自分がなりたいと思います」。あの日語った言葉と真っすぐなまなざしを思い出してみる。そして、思い浮かべてみる。大谷に憧れて野球を始めた日米の子どもたちの顔を。
(編集局コンテンツセンター・佐藤理史=元高校野球担当)

記者会見で日本ハム入りを表明し、栗山監督(左)と握手を交わす大谷=2012年12月9日、岩手県奥州市のホテル
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