市川氏、トップで3選(2)2004年 <プレーバック参院選みやぎ>

早々と当選を決め、支持者の祝福に手を挙げて応える市川=2004年7月11日

 2004年(6月24日公示、7月11日投開票)の宮城選挙区(改選数2)は、自民、民主両党の現職が新人3人の挑戦を退け、議席を分け合った。県内でも二大政党化が鮮明になった。

 トップは3選を果たした自民の市川一朗。1995年に2人区となり、初めて自民候補が1番手をつかんだ。年金問題や首相小泉純一郎の「人生いろいろ」発言で逆風にあおられたが、業界団体などと連携した組織戦を展開し、特に郡部で圧倒的な強さを見せた。

 自民が2議席独占を狙わず、候補者を市川に絞ったことも奏功した。連立政権を組む公明が全面支援して得票を大きく押し上げ、自民県連幹部は「もはや公明抜きの国政選挙は考えられない」とうなった。

 再選された民主の桜井充は仙台市で支持を広げ、市川に6525票差まで迫った。民主は無所属新人の菅原敏秋も推薦したが、2議席独占には遠く及ばなかった。(敬称略)

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