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発掘!古代いしのまき 考古学で読み解く牡鹿地方>石巻地方はいつから日本の範囲に?

和名類聚抄に記載された牡鹿郡、桃生郡の郷名
黒川以北十郡と田夷郡、蝦夷村

【東北学院大博物館学芸員 佐藤敏幸氏】

第1部 石巻地方を考古する

<平城宮遷都前の可能性>

 古墳時代の中頃から石巻地方はヤマト王権と関係が築けず、異民族の蝦夷(えみし)として扱われます。それでは、いつから石巻地方は日本の国の範囲に入ったのでしょうか?

 中国大陸では581年に隋が興り、ヤマト王権では飛鳥にいた推古天皇が遣隋使を派遣します。『日本書紀』では607年の小野妹子を正使とする派遣が最初ですが、『隋書』では600年に倭から朝貢に来た記録があります。600年の使者は隋の皇帝と謁見し倭の政治のあり方の不備を諭されます。倭の使者は律令制度を備えた進んだ文化を目の当たりにして驚愕(きょうがく)して帰ったに違いありません。大陸の進んだ法制度、官僚機構、人民支配、学問、宗教を学ぶため、618年に唐が統一した後もヤマト王権は遣唐使を送り続けます。

■国づくり、大化改新が契機に

 隋や唐の強大な帝国は東アジアに大きな影響を及ぼし、朝鮮半島や日本にも危機感を持たせることとなりました。ヤマト王権は有力豪族の合議で政治が行われており、特に蘇我氏が推古天皇の血縁者として権力を持っていました。皇極天皇の時代、天皇中心の中央集権国家を目指した中大兄皇子と中臣鎌足らが、天皇をしのぐほどの横暴を極めていた蘇我蝦夷(そがのえみし)、入鹿親子を殺害しクーデタを起こします。これを乙巳(いっし)の変(へん)と呼びます。この年に孝徳天皇が即位し、翌年、「改新の詔」を発します。これが大化改新です。この大化改新を契機に大きく国づくりが動き、蝦夷の世界にも影響を与えるようになります。

 ヤマト王権は勢力範囲に隣接する蝦夷の地に城柵(じょうさく)を造り、柵戸(きのへ)を移住させます。「城柵」とは、簡単に言うと軍事基地兼行政施設、「柵戸」は城柵に養われた公民のことです。日本海側の越国(こしのくに)(新潟県)北部に渟足柵(ぬたりのさく)(647年)、磐舟柵(いわふねのさく)(648年)を造営したのがそれです。太平洋側でも同じころ城柵が置かれたようですが、『日本書紀』には記載がありません。太平洋側では『続日本紀(しょくにほんぎ)』天平九(737)年に多賀柵、玉造柵、新田柵、色麻柵、牡鹿柵の名前が出てきますから、737年以前には城柵が設置されています。「牡鹿柵」は石巻地方に造営された城柵です。

■坂東の富民、移住

 国家は城柵を設置し公民を移住させて安定を図り、戸籍を整備し人民を掌握し、律令(りつりょう)制度によって税や労役を課します。律令制では全国を60の国(くに)、約550の郡(こほり)(大宝令以前は評(こほり))に分割し、各郡に50戸ごとに里(さと)(郷(さと))をつくって統治しました。国郡(郷)里制です。律令国家は柵戸として公民を移住させましたが、郡を成立させるまでの人数が足りないので霊亀元(715)年「坂東の富民一千戸」を陸奥国に移住させて郡をつくりました。

 石巻地方は奈良時代、「牡鹿郡」の範囲でした。「牡鹿郡」の初見は『続日本紀』天平勝宝五(753)年ですが、天平十四(742)年に登場する「黒川以北十郡」に含まれるので、遅くとも742年には日本の国の範囲に入ったことが分かります。平安時代中期に成立した『和名類聚抄(わみょうるいじゅうしょう)』によれば、牡鹿郡には「碧河郷(あおかわのさと)」「賀美郷(かみのさと)」「餘部郷(あまるべのさと)」の三つの郷があったことが記載されています。

■郡の前身「評」、成立

 近年、牡鹿柵・牡鹿郡家(ぐうけ)(牡鹿郡の役所)である東松島市の国史跡赤井官衙(かんが)遺跡から「上郷」「余郷」と墨書された8世紀前葉の土器が出土しました。それぞれ「上郷」=「賀美郷」、「余郷」=「餘部郷」の省略したものです。この出土土器から養老二(718)年の国郡郷里制施行の時には牡鹿郡は成立していて日本の範囲に入っていたことが分かりました。また、赤井官衙遺跡が7世紀末には城柵・官衙(役所)として再整備されていることから、平城宮に遷都する前の飛鳥の都、藤原宮の時代に郡の前身である評として成立していた可能性が高まっています。

 石巻地方は「牡鹿郡(評)」として国家が律令制を整備するときには既に国家の範囲となっていたのです。この連載のサブタイトルにある「考古学で読み解く牡鹿地方」の牡鹿とは、古代石巻地方全体の呼び名なのです。

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