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発掘!古代いしのまき 考古学で読み解く牡鹿地方>移民の墓 矢本横穴墓群 I

矢本横穴墓群28号墓玄室奥壁の線刻壁画(円文)(「矢本横穴墓群II」より)
高壇式横穴墓に類似する矢本横穴28号墓(左)と東上総の高壇式横穴墓(右)
赤井官衙遺跡群の位置(赤井官衙遺跡と矢本横穴)

【東北学院大博物館学芸員・佐藤敏幸氏】

第3部 律令国家の形成と境界域の石巻地方

<東北古代史の定説覆す>

 石巻地方の7~8世紀のお墓は、北上川河口から支流の迫川を境に北東に蝦夷(えみし)の墓制である末期古墳(まっきこふん)、西南に倭人(わじん)の墓制である横穴墓(よこあなぼ)が分布しています。今回は西南の横穴墓の中でもその数が最大級の矢本横穴墓群についてお話ししましょう。

■斜面中腹に形成

 矢本横穴墓群は東松島市矢本字上沢目、上館下、穴尻に所在しています。

 「砂岩丘陵の東向き斜面の中腹に長さ約1.5キロにわたって形成された横穴墓群である。これまで113基の横穴墓が確認されており、造営・使用年代は7世紀中葉の赤井官衙(あかいかんが)遺跡の移民集落形成期から官衙の廃絶時期に一致する。横穴墓の多くは、東上総(ひがしかずさ)地域に特有の『高壇式(こうだんしき)横穴墓』に類似し、遺物には金銅装圭頭大刀(こんどうそうけいとうたち)、革帯(かくたい)、『大舎人(おおとねり)』と墨書された須恵器などがある。牡鹿郡家(ぐうけ)ないし城柵(じょうさく)に勤務した官人(かんじん)らの墓域と考えられる」という内容から、赤井官衙遺跡とともに2021年3月25日に「赤井官衙遺跡群」として国史跡に指定された遺跡です。

■大きな発見、三つ

 国道45号と境を接する旭山丘陵の南端から約1.5キロにわたって造営された墓域で、滝山の南東向き斜面中腹の標高30メートル前後のところに造られています。1968~69年、矢本町史編さんに関連して第1次、2次発掘調査が行われ、7基の横穴墓が調査されました。発掘調査は石巻古代文化研究会が行い、東北の古墳時代研究の第一人者であった氏家和典(やすのり)さんと石巻在住の考古学研究者の三宅宗議(しゅうぎ)さん、楠本政助さんらが指揮しました。調査の結果、東北古代史の定説を覆す三つの大きな発見があったのです。一つ目は日本最北の線刻(せんこく)壁画横穴の発見です。遺体を安置する玄室(げんしつ)と呼ばれる部屋の奥壁(おくへき)に直径15.5センチの円を刻んだものが二つ並んで描かれていました。円や三角といったモチーフは、九州から宮城県域まで分布する横穴や装飾古墳では一般的なものです。二つ目は出土した土器の底部に墨で「大舎人」と書いてあったものが発見されたことです。「大舎人」とは飛鳥の藤原宮(ふじわらきゅう)や奈良の平城宮の天皇周辺に勤務する役人の役職名です。発見された当時は、蝦夷の地である牡鹿地方(石巻地方)から都に行って役人になる人物がいるとは考えられなかったのです。三つ目は矢本横穴の形です。横穴墓は九州地方で造られ始めて広まったお墓の形です。北限が矢本横穴墓群を含む宮城県域までです。墓制が広がる間に地域によっていろいろな形に変化しました。矢本横穴の形は、千葉県の房総半島太平洋岸(当時の上総国東部)に流行した「高壇式横穴墓」に似ているものがあったのです。東上総から矢本横穴までの茨城県、福島県、宮城県域には類似するものはなく、まるで遠隔地に飛んで来たかのように矢本に出現したのです。その内容は「矢本町史」第1巻に執筆者の三宅宗議さんによって報告されました。第3次調査が計画されましたが、もろもろの事情で計画が頓挫していました。

 次に調査のメスが入ったのは2003年、石巻地方を襲った宮城県北部連続地震という局地的大地震が原因でした。この地震で横穴墓のある斜面が崩壊し、2004~07年に治山工事に伴って第3次~11次発掘調査が実施されました。この調査では約100基の横穴が調査され、第1次、2次調査の成果を追認すると同時に、多岐にわたる豊富な出土遺物、埋葬された人骨が発見され、詳細で新たな成果が加わりました。その成果は2冊の発掘調査報告書にまとめられています。

■人骨、革帯が出土

 2011年3月発災の東日本大震災では、治山工事が功を奏し斜面の崩落は間逃れましたが、地盤が弱っていたところに大雨が襲い、工事の施されていない斜面が一部崩落しました。この工事に伴って第12次、13次調査が行われ、人骨や古代の役人が使う革帯が出土しています。

 総数200基とも想定される矢本横穴墓群の発掘調査成果は、同時に進行していた赤井官衙遺跡の調査成果と密接に関連していることが分かり、律令国家成立期の東北経営を理解する上で重要な遺跡として国の史跡に指定されたのです。

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