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発掘!古代いしのまき 考古学で読み解く牡鹿地方>移民の墓 矢本横穴墓群 Ⅲ

29号墓出土の須恵器底部に墨書された「大舎人」(東松島市教委提供)
11号墓出土の古銭「和同開珎」(東松島市教委提供)
95号墓出土の「革帯」と復元図(東松島市教委提供)

【東北学院大博物館学芸員・佐藤敏幸氏】

第3部 律令国家の形成と境界域の石巻地方

<都に出仕した役人も眠る>

■個人特定は困難

 移民の墓域として始まった矢本横穴は具体的には誰のお墓なのでしょうか。古墳時代の前方後円墳をはじめとして墓石や墓誌でもなければ、墓に葬られた人を特定することは難しいことです。かつて教科書で「仁徳天皇陵」と習った古墳は現在、「大仙(だいせん)古墳」と表記あるいは併記されるようになりました。歴代天皇の墓と考えられる前方後円墳は「○○天皇稜」と呼ばれることがありますが、発掘調査が行われていない古墳の被葬者を特定することはできませんし、調査が実施されても特定できないものがほとんどです。古墳の形や構造から名付けられた天皇陵もその比定が疑わしいものも多くあります。

 墓の数が200基もあると想定される矢本横穴墓群も例外ではありません。地方の蝦夷の地であった場所に造営された墓の被葬者は「古事記」や「日本書紀」にも登場しませんから個人を特定できません。しかし、葬られた人を探るヒントはあります。

 1969年の第1次調査で発見された29号墓からは8世紀初頭頃の須恵器坏(すえきつき)の底に「大舎人(おおとねり)」と墨書されたものが出土しました。「大舎人」とは古代の法律である律令(りつりょう)に規定された中央官人の役職名です。2官8省に分かれる行政機構の太政官(だじょうかん)-中務(なかつかさ)省の左右大舎人寮(りょう)に所属し、天皇の傍らで宮中の警固や宿直、雑事に携わる下級役人です。中央の貴族の嫡男が最初に就く役職ともいわれます。地方から都に出て大舎人となることは極めてまれなことです。ましてや蝦夷の地とされた牡鹿地方から都の役人になる人物がいたということは定説を覆す大発見でした。

 墨書された土器は8世紀初頭頃のものですから、それ以前に飛鳥の都に出仕していた人物と考えらえます。大宝(たいほう)律令あるいはその前の浄御原令(きよみはらりょう)制下の役人で、持統天皇の藤原宮(ふじわらのみや)(694~710年)に勤めていた人物かもしれません。蝦夷の身分では宮都(きゅうと)に出仕できないので、牡鹿地方に移住してきた公民だったのでしょう。

■完全な革帯遺物

 古代の役人に関連する出土遺物では、95号墓から出土した革帯(かくたい)があります。革帯は貴族や役人が正装時に付ける革製の腰帯です。腰帯といっても単なるひも状のものではなく、現在のベルトと同じ形状をしています。

 発掘調査時は遺体の周囲にバラバラの状態で鉸具(かこ)(バックル)、銅製で黒漆加工された方形の巡方(じゅんぽう)、半円形の丸鞆(まるとも)の飾り金具、ベルトを留める小さい穴の留め具、ベルト先端の鉈尾(だび)の一式が出土しました。さらにベルトの革の一部も残っていました。役所の遺跡などでは金具などの部品が発見されることはありますが、1本分の部品が革まで残って発見されるのは極めて珍しいものです。完全な形で現存するのは正倉院宝物に遺るものだけです。

 貴族や役人の正装時の衣類は階級によって色が決められています。また腰帯の金具の大きさも決められていたようです。矢本横穴墓から出土した革帯の飾り金具は幅が3・1センチ四方あり、その大きさから7位に相当するくらいの役人が身に着けるもののようです。古代の役人は正一位から少初位下(しょうそいのげ)まで30階級に分かれています。7位は下から10番目前後の位になりますが、地方ではトップクラスの位階で恐らく牡鹿郡の大領(たいりょう)(郡の長官)の持ち物だったと考えられます。

 帯の飾りは石巻地方では、石巻市田道町遺跡、桃生町山田古墳群、東松島市江ノ浜貝塚からも単体で出土しています。

■関係示す古銭も

 都との関係を示すものとして「和同開珎」の古銭があります。11号墓からは3枚の和同開珎が出土しています。和同開珎は日本最古の古銭である「富本銭(ふほんせん)」の次に708(和銅1)年に鋳造されたもので、流通貨幣としては最古です。流通といっても奈良の都周辺で使われたと考えられています。牡鹿郡から都へ行って手に入れたものでしょう。宮城県内で発掘調査によって出土した和同開珎は矢本横穴だけです。

 以上のように矢本横穴には都に出仕したり牡鹿地方を治めた役人も眠っているのです。

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