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温もりの音色【特集】探訪!楽器工房

 楽器というと大手メーカーや海外の製品を思い浮かべるが、実は宮城県内にも製造を手がける工房がある。今回はそのごく一部を訪ね、製作に携わる職人たちに話を聞いた。

■バロックの主役作り40年 ~チェンバロ工房・木村雅雄さん~

木村さんが手がけたチェンバロ。「耳に心地よく目にも美しい楽器を」との思いが形になっている

 宮城県川崎町青根温泉の中心部から車で少し北へ走った森の中。チェンバロ作家の木村雅雄さんはここに工房を構え、40年以上楽器作りを続けている。

 チェンバロはバロック音楽の主役とも言える鍵盤楽器で、楽曲はバッハのプレリュードなどが有名だ。ピアノに形が似ているが、ピアノが弦をハンマーで下からたたくのに対してチェンバロは弦を爪で弾いて音を出す仕組みで、ギターに近い。優しい音色は聴いていて穏やかな気持ちになれる。

 チェンバロは切り出した木材を加工して組み立て、弦や鍵盤を組み付けて作る。文字にすると少ないが、パーツ数が多く工程が複雑で繊細なため、完成には1年近くを要するという。木村さんは「プロの画家に絵を描いてもらうなど、装飾に凝ると製作期間はもっと長くなります。過去に手がけた楽器の急ぎの調整や修理依頼が来ることもあり、なかなか思い通りに進みません」と話す。1台数百万円という値段も苦労を知ると、もっと高くてもいいのではと思える。

〇欧州巡って楽器を研究
 木村さんとチェンバロの出合いは1960年代にさかのぼる。当時仙台市内で「無伴奏」という喫茶店を開いていた木村さん。店内にオーディオ設備を整えてバロック音楽を流し、愛好者が多く通っていたという。小池真理子の小説「無伴奏」の題名はこの店が由来で、作中描かれる店内は当時の雰囲気をよく伝えているという。喫茶店経営の傍ら、欧州各地を訪ね独学で楽器を研究していた木村さん。81年、製作したクラビコードという楽器が高評を得たのをきっかけに、店を閉じて本格的に楽器作りを開始。83年に現在の工房を開いた。

 チェンバロ作りについて「(材料の)木は育った環境で硬さやしなやかさが異なります。それを把握して適切に使うよう心掛けています。製作は苦労も多いですが、1人でも多くの人にバロック音楽を知ってもらえたらうれしい」と静かに話していた木村さん。今日も淡々と工房で製作を続けている。

チェンバロを製作する木村さん。「木には個体差があり、組んでみたら音の響きが悪く選別作業からやり直しなんてこともあります」
営業当時の喫茶「無伴奏」店内。壁面に埋め込まれた大型スピーカーでバロック音楽を流していた(木村さん提供)
チェンバロは鍵盤を押すとジャックがせり上がってタングに付けられた爪が弦を弾いて音を鳴らし、弾いた後はタングが後ろに倒れて爪を逃がす。鍵盤から指を離すとジャックが下がり、ダンパーが弦を押さえて音を止める
【data】チェンバロについての相談は木村さんのFacebook(QR)のDMから

■力強い響き追求する日々 ~カホン工房アルコ・青沼義郎さん~

木材を切り出し、組み付ける工程を見せてくれる青沼さん。「20年以上カホンを作っているけれど、今でも研究の日々です」
弦を張る工程を見せてくれる青沼さん

 上に座って前板をたたくと、独特の低音を響かせる木製楽器「カホン」。路上ライブなどで見かけた人も多いのでは。楽器名はスペイン語で見た目そのまま「箱」を意味し、ペルー発祥といわれる。海外製ばかりと思いがちだが、実は石巻に製作を手がける職人がいる。

 石巻市立町のカホン工房「アルコ」代表の青沼義郎さん。作業場を訪ねると1人で黙々と製作に打ち込んでいた。青沼さんのカホンは力強い低音が特徴。一見ただの木箱だが、実はたたく面の裏に弦が張られており、それが独特の「鳴り」と「響き」を生み出すという。「音の良さは弦の張り具合で決まります。張りが強過ぎても弱過ぎてもきれいに鳴りません」と青沼さん。工房を開いて20年以上たった今も、使い手が理想の音を出せるよう日々試行錯誤を重ねる。

 青沼さんとカホンの出合いは2000年ごろ。市内で家電販売店を営む傍らで請け負っていた催事などでの音響の仕事がきっかけ。音楽イベントの会場でカホンを見かけ、興味を持った。「仕組みと構造がボックス型スピーカーと同じ」と気付き、自己流でカホン作りを始めた。その後試しにWEBに出品したところ予想以上に反響があったことから本格的に製作・販売をスタート。県内の演奏家たちが好んで使うようになり、今では仙台市内の楽器店にも商品が並ぶ。

〇ワークショップにも力
 カホンの知名度アップを目指す青沼さんは、製作体験ができるワークショップも開いている(1グループ4名で要予約、1名3300円)。ある程度加工されたパーツを使い、30分程度で完成する。「仙台市内などのイベント会場に出張で呼ばれることもあります。カホンは難しく考えなくても演奏できる楽器。多くの人に音を響かせる楽しさを知ってもらいたい」。青沼さんは熱意を込めてそう話した。

さまざまなバリエーションがあるアルコのカホン。手前は青沼さんが開発した「カホンピックアップ」で、カホン内部に入れて音響機材につなぐと音を外部出力できる
アルコのカホンは1台2万円程度から。作業が混んでいなければ注文後1週間ほどで納品される

【data】
宮城県石巻市立町1-2-17
TEL0225-96-6876
営/11:00~18:00 休/火曜

WEBページ

■美しい音色 誰でも気軽に ~創作カリンバ工房・千田真司さん&直美さん~

創作カリンバ工房の千田真司さん(左)と直美さん
キーを鍛造する真司さん。完成したキーは金属棒の先端が平面になっている

 太白区にある市民農園。千田真司さんと直美さん夫妻はその一角でカリンバを製作している。カリンバは木の板に「キー」という細長い金属棒を取り付け、それを指で弾いて演奏するアフリカ発祥の楽器。優しい音色はオルゴールに似ている。

 工房では真司さんが開発と製作、直美さんがコンセプトや企画を担当している。作られるカリンバはキーの並びが独特。音楽の知識や経験がなくても美しい音を楽しめるようにと、キーの数と配列を考え、大きさとデザインもさまざまに工夫している。キーを1本1本鍛造しているのも特徴で、細い金属の丸棒をバーナーで熱してハンマーでたたき、指を載せる平面を形作る。「平らな金属板を使うより、張りのあるきらびやかな音が出せると思っています。手間をかけた分価格も上がりますが、納得いく音づくりを優先しています」と真司さん。

 カリンバ作りは2000年、物作りを仕事にしたいと考えていた真司さんが雑貨店に置かれていた物を見て、自宅にあった木板と針金を使って試作したのが最初。作り続けるうちに友人や知人から欲しいとの声が上がり、その年のうちに工房を立ち上げた。

〇映画の劇伴音楽に採用
 さまざまなカリンバを研究する千田さん夫妻。規則正しく配置されたキーをピアノのように演奏する「クロマチックカリンバ」作りに取り組んでいることが音楽家川井憲次さんの目に留まり、23年公開の映画「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」劇伴音楽での使用につながる。SNSなどでそのことが広まると、全国から問い合わせが来るようになったという。

 工房のキャッチコピーは「空を見ながらひいてみよう」。夫妻は「晴れた日の公園でのんびりキーを弾きたくなるカリンバを届けたい。使う人が癒やしや気付きを感じてくれたらうれしい」。と口をそろえ、今日も二人三脚でカリンバと向き合っている。

映画音楽で使用されたクロマチックカリンバ。キー数が多く重量もあるため、台に固定して演奏する
手になじむ形とサイズ感から、初めてのカリンバにお薦めという「オトモq」(2万8000円)
【data】工房のWEBサイト(QR)では制作したカリンバの紹介はもちろん、簡単な演奏方法や日常のお手入れ、カリンバ体験イベントなどの情報を発信している

■プロ奏者も頼る伝統の技 ~熊谷楽器店・熊谷直樹さん~

三味線の胴に皮を貼り「木栓」と呼ばれる洗濯ばさみのような道具で皮を固定し、ひもで締め上げ均等にテンションをかける。「やり方は創業時から変わっていません」

 熊谷楽器店は1925年創業で今年100周年。琴や三味線など和楽器全般の受注製造、修理、調整を長年行っており、初心者はもちろんプロの奏者も培われた技を頼って店を訪れる。

 3代目店主の熊谷直樹さんによれば今は受注製造より、修理調整が多いという。「他店で購入した楽器でも引き受けます。ダメージが大きく、メーカー修理を断られた物を直したこともあります」と心強い。

 取材中も三味線の皮の貼り替え作業を進める熊谷さん。多いときは月に10以上の楽器が修理などで入ってくるといい、話しながら作業の手は止まらない。

 「三味線の音の良し悪しは皮の張り加減で8割決まります。高い三味線でも張りが悪いと満足に鳴りません。皮の強度を見極めつつ奏者の要望も聞いて調整しています」と熊谷さん。職人として30年以上培ってきた経験と勘を頼りに感覚を研ぎ澄ませ、たたいた時の音の鳴りや皮の具合を確認しながら、最良の状態を探っていく。

 都内の工房で修業した頃のことを熊谷さんは「三味線の胴に接着のりを塗れるようになるまで3年かかりました」と振り返る。その間にも貼り替え作業は終わり、次の楽器に着手する。「大事な楽器を預かるからには、前より良い状態でお返しできるよう心掛けて作業をしています」

〇和楽器普及へ琴体験会
 熊谷楽器店は和楽器普及にも力を入れる。妻の熊谷智子さんは青葉区の片平児童館で毎月1回開かれる、小学生向けの琴練習会を手伝っている。毎回30人ほどの子どもたちが参加。大半が琴未経験だが、1年間続けた子どもたちは「さくら」や「荒城の月」をミスなく弾きこなす。「きれいな音が好き」「友達と一緒に弾くのが楽しい」と話す子どもたち。智子さんは「まず和楽器に触れて、音の出る喜びを感じてもらえたら」と話す。

琴の弦を調整する熊谷さん。会話をしながらでも作業のペースは落ちない
片平児童館で琴の練習をする子どもたち。週末の演奏会に向けて息の合った音を響かせていた

【data】
和楽器の注文製作は三味線と琴が約10万円から。琴の弦張り替え6000円から、三味線の皮貼り替えは1万6000円から
 ◇
仙台市青葉区北目町2-36
営/9:00~19:00 休/日曜、祝日 
TEL022-223-1806

(河北ウイークリーせんだい2025年3月20日号掲載)

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