見えない敵-届かぬ警鐘(中)経営最優先、対策先送り

福島第1原発の海抜10メートルの敷地内に流れ込む津波=2011年3月11日(東京電力撮影)

 「うわあ、本当か。そんなのって来るの」

 東京電力が福島第1原発の津波対策を検討していた2008年3月。後に同原発所長となる原子力設備管理部長の吉田昌郎(故人)は、原発を将来襲うかもしれない「15.7メートル」という最大津波高の試算値を報告され、驚きの声を上げた。

 国の地震予測「長期評価」(02年公表)から子会社が解析したが、吉田は従来想定の3倍にもなる高さに半信半疑だった。

 試算は3カ月後、防潮堤整備などの対策案と併せて東電経営層に報告された。原子力・立地本部副本部長の常務武藤栄(後に副社長)は、結論をすぐに出さなかった。

 東電は当時、07年7月の新潟県中越沖地震で被災した柏崎刈羽原発(新潟県)を全面停止させていた。津波の危険を認めて騒ぎになれば、福島第1原発まで運転停止となる事態もあり得た。

 原発の稼働率が1%下がるだけで100億円の収益を失うと見込んでいた。福島まで停止した場合の損失は計り知れない。

 08年7月31日、担当者からの経過報告を黙って聞き終えた武藤が言った。「専門家に時間をかけて研究してもらおう」。津波対策の「先送り」が結論だった。

 東電は同8月、ともに太平洋岸に原子力施設を持つ東北電力、日本原子力発電、日本原子力研究開発機構と協議。国が求める安全性再評価(バックチェック)に長期評価を取り込む当初方針からの転換に理解を求めた。

 女川原発(宮城県女川町、石巻市)を持つ東北電力は、その場で了承した。長期評価を全面的に考慮した津波想定に当初から反対していた。

 「女川原発の停止リスクは相当軽減されると思った」。東北電の担当者は後に、東電旧経営陣に対する刑事告訴・告発を受けての検察の事情聴取に、協議当時の内心をこう明かした。

 各事業者にとって最優先されたのは、過大な津波の危険を問題視され、対策完了まで運転停止に追い込まれるリスクの回避だった。

 東電の方針転換で長期評価の扱いを巡る4者の足並みは一致した。だが、話はそれで終わらなかった。

 東北電は平安時代の869年に仙台平野を襲った貞観津波の想定を重視していた。女川原発建設時から着目し、自社調査で見つけた堆積物から大津波の実態を歴史書以外で初めて裏付けた実績もあった。

 4者協議と並行して国への提出を準備していた女川原発のバックチェック報告書に、貞観津波の最新研究論文を盛り込んだ。論文は福島にも大津波が来る可能性を示唆していた。東電には都合の悪い内容だった。

 「同一歩調が望ましい」「御社の方針を再度確認したい」。08年10月以降、東電は東北電への働き掛けを繰り返した。東北電は突っぱね続けたが最後は折れ、貞観津波の位置付けを「参考」扱いに格下げした。

 「東京電力のニーズを満足するもの」。東北電の担当者が社内文書に記した変更の理由には、諦めと不満がにじんでいた。
(敬称略、肩書は当時)

河北新報のメルマガ登録はこちら
原発漂流

 史上最悪級の原発事故の発生から2021年3月で丸10年。原子力事業や原発政策の何が変わり、何が変わらないのか。教訓は生かされているのか。改めて検証する。

企画特集

先頭に戻る