日下常由(くさか・つねよし)さん―画家(仙台市)―万葉の美 生涯懸け追う

万葉集が編まれたころの古代多賀城を描いた縦約2.5メートル、横約6.6メートルの大作=多賀城市文化センター
ギャラリーで日下さんの絵画を展示する多賀城市立図書館
日下常由さん

 日本最古の和歌集である万葉集の魅力に取りつかれた画家日下常由さん(1931~2013年、本名・常男)。仙台に居を構え、洋画家として風景画を多く残した一方、古代多賀城など万葉集を題材とする絵を生涯のライフワークとした。

 山形県新庄町(現新庄市)に5人きょうだいの三男として生まれた。間もなく父親が他界し、家族で山形市に移り、母親が女手一つで育てた。「貧しい家の手伝いに忙しく、芸術とは縁遠い生活だったようだ」。日下さんの次女の彫刻家日下育子さん(50)は当時の様子を推測する。
 中央大法学部に進学し、弁護士を目指して勉強に明け暮れた。しかし、大学を卒業する前後に、北海道東部の釧路湿原を描く画家佐々木栄松さんとの出会いが転機となった。「50歳までに飯が食えるようになればいい」と一念発起して絵の道へ進んだ。
 佐々木さんを追って釧路に渡るが極寒の地で体調を崩し、1年半で山形に戻った。1958年に仙台に移り、凸版印刷に勤務してデザインの仕事を始めた。働きながら絵を描き、66年の河北美術展で河北賞に輝いた。
 このころ、仙台を訪れた兄に近隣を案内した際、多賀城政庁跡の発掘現場に出くわした。史跡と夕日の幻想的な美しさに心を動かされたという。多賀城が古代東北の中心地で、万葉集の編者の一人で歌人の大伴家持の終焉(しゅうえん)の地と言われていることも知った。古代史と万葉集に興味を持ち、「万葉の世界」を生涯のテーマに決めた。
 30年以上かけて万葉集ゆかりの地を訪ね、取材を続けた。同行したことのある育子さんは「歌の現場に立ち、1000年以上前の歌の読み人の心に自分を重ねていた」と語る。
 万葉集の読み人は天皇から物乞いまでと身分や貧富に関係ない。日下さんが晩年に出版した絵と歌の解説などを合わせた画文集「心の萬葉集」には、「(万葉集を読むと)現代の精神文化の在り方がお粗末に思われてくる」と記されている。古代の人々に人間のあるべき姿を見いだしていた。

 没後、作品363点が多賀城市に寄贈され、一部は市立図書館3階のギャラリーなどで展示している。「史都多賀城万葉まつり」副実行委員長を務める菊池すみ子さん(71)は「古代を思わせる独特な色使いにロマンを感じる。当時の建造物などが残っていない多賀城で、古代を表現する日下さんの絵は貴重な財産だ」と語る。
 数々の作品が、多賀城を訪れた人々を1000年以上前の万葉の世界にいざなっている。
(多賀城支局・石川遥一朗)

[メモ]日下常由さんは元新芸術協会会長、元県芸術協会名誉会員。多賀城市立図書館の3階ギャラリーで、企画展開催期間を除き、約25点の作品を展示する。市が開設したウェブサイト「多賀城万葉デジタルミュージアム」で作品106点を鑑賞できる。

河北新報のメルマガ登録はこちら
みやぎ 先人の足跡

 私たちの暮らす現代社会の豊かさは、先人たちのたゆまぬ努力と強靱(きょうじん)な意志、優れた知性や感性などに支えられ、長い年月をかけて育まれてきた。宮城の地域社会に大きな影響を及ぼしてきた人々の足跡をたどり、これからの社会やおのおのの人生をより良くするヒントを学び取りたい。

第68回春季東北地区高校野球
宮城大会 組み合わせ表

先頭に戻る