<NPOの杜>障害児らと地域づくり NPO法人奏海の杜

地域に出向いてコーヒーを配りながらさまざまな人と交流する子どもたち

 東日本大震災を機に多くのNPOが立ち上がり、復興・被災者支援活動を始めました。震災から10年となり、多くの団体が平時の生活支援へとシフトしています。

 被災した障害児の支援から活動を開始したNPO法人奏海(かなみ)の杜(宮城県登米市)も、新たな地域づくりに挑戦しています。代表は太斎京子さんです。

 震災直後、沿岸被災地から比較的アクセスが良く建物被害の少なかった内陸部の登米市に「被災地障害者センターみやぎ県北支部」が開設され、太斎さんも支援活動に加わりました。その後、「障害児が日中過ごす場所がない」との声を受けた太斎さんは仲間と、「障害児夏休み子ども広場」を2012年に開設しました。

 夏休みが終わり、「そろそろ自分たちの生活を立て直そう。もうボランティア活動は終了しよう」と思ったものの、保護者から「おかげで仕事に行ける。日常が取り戻せそう」と喜びの声を聞き、継続することに。それから本腰を入れ事業を広げたものの、地域には障害児を他者に預けることに後ろめたさを感じる人もおり、思うようにはいかない日が続きました。

 17年に3カ所あった施設を1カ所にし、再スタートを切ります。その際、「子ども自身が変わること」を考えることにしました。障害児は家にこもりがちで、地域に出て行く意欲が少ない傾向にあったのです。

 背景には、移動はほとんど自家用車という地域の交通事情がありました。親が「迷惑を掛けてはいけない」と、買い物に出掛けても障害児を車の中で待たせるため、買い物をしたり地域の人と交流したりすることのない子が少なくなかったのです。

 経験がないことは誰でも怖いもの。そこで、まずは子ども本人の意欲を高めようと、子どもたちと「にこワゴン」と名を付けたワゴン(荷台)で地域に出て行き、コーヒーを配り始めました。さまざまな人との関わり方を子どもたち自身が体得して、今では外へ行くのを楽しみにする子がずいぶん増えました。

 子どもとの結束ができた頃、保護者会で「普通高校に通っている子は、卒業しても次に学べる場所がありますが、この辺では、支援学校は卒業したら就労しか選択肢がありません。もっと学びたい子もいるんです」という声を聞きます。

 その切実な声を受けて「地域をつくる」という明確な目標ができました。それは、子どもたちが支援学校を卒業後も勉強し、進む道を自分で決めて次の一歩を踏み出せて、大人になっても地域で生涯活動ができるような地域です。

 障害当事者やその家族が気兼ねなく「助けて」と言える関係性を地域の人とつくるすべを持つことが大事だ、と考えています。

 奏海の杜は今、さらなるスタートラインに立っています。それは、障害があってもなくても集える学びと交流の拠点「交ゆう館かなみ」の建設です。場所は登米市登米町内で、近くに学校や企業があり、観光客が多く訪れるにぎわいのある地。コロナが落ち着いたら、誰もが交流できるイベントを企画し、地域づくりの拠点を目指しています。

 「実現までには壁も多くありますが、乗り越える方法を子どもたちと一緒に見つけました。親御さんも含めた奏海の杜チームで楽しんでいきます」と太斎さんは力強く前へ進みます。交ゆう館かなみは21年6月、開所予定です。
(認定NPO法人杜の伝言ゆるる 小野寺真美)

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