<仙台いやすこ歩き>(136)コペリタン/パスタ入り サンド考案

 「駅ナカって初めてだね」と画伯。そう、駅近や駅出発はあったが、JR仙台駅(青葉区)のビルの中はいやすこ初なのだ。随分、人も戻ってきたねと話しながら、2階から3階へ。ところが新幹線乗り場のある3階はガラーンで、びっくりだ。

 その一角にある「レストランハチ」こそ目指すところで、謎?の新商品「コペリタン」に会いにやってきた2人である。

 早速迎えてくれたのは山田真由美店長(44)。「コペリタンとは、コッペパンにナポリタンを挟んだテークアウト専用の商品です」と教えてくれる。しかも今年1月誕生したばかりで、しかも「『サンドウィッチマン』の富沢たけしさんが考案者なんですよ」と聞き、2人は、へぇ~の語尾も舞い上がり気味だ。食い付きたいのをこらえてハチの歴史から伺うことに。

 1979(昭和54)年に初代・角田昭八さんが名取で創業。仙台の農家に生まれた昭八さんは、中学を卒業してコックの修業に入り、日本人の口にあった洋食への気概を持ち続けた人で、46歳の時に独立した。最初はいろんなメニューがあったが、二十数年前、1番人気だったハンバーグの専門店へ。「ナポリタンは、常連さんから注文されれば作っていたようです」

 その裏メニューのナポリタンが表舞台に戻ってきたのは、2013(平成25)年のこと。横浜で開催された「第1回カゴメナポリタンスタジアム」で、グランプリを獲得したことが一大契機に。創業者の揺るがぬ思いが日本一という栄誉をもたらした瞬間だ。

 なかなかお目にかかることのない、もっちり2・2ミリの太麺を使った懐かしのナポリタンに、ハチ自慢のハンバーグをのせた一皿は、富沢さんも大好物らしい。「TV番組の中で、コッペパンに何かを挟んで食べるという企画があり、富沢さんが呼んでくれて」。そう話す山田さんは、実際テレビ局に赴いてコッペパンにナポリタンを挟んだそうだ。

 折しもガランとなった駅3階。どうにかしたいと考えていたハチでは、「お客さんを呼ぶしかない」と早速コペリタンの商品化に着手した。コッペパン選びも、学校給食のパンをイメージしていろんなパンとの相性を食べ比べ、創業120年のパン屋さんに依頼。最初は山田さんがパンに詰め方をしていたそう。「朝2時間頑張っても100本作るのが精いっぱいでしたが、今はスタッフが手際よくやってくれています。みっちり入ってますよ」とニコニコ。

 厨房(ちゅうぼう)へ案内していただく。皆さん明るい笑顔で迎えてくれる中、大場脩平サブチーフ(32)がコッペパンに、本当にみっちりと日本一のナポリタンを詰めていく。その上にデミグラスソースたっぷりの、30グラムのボール型ハンバーグ。

 家に帰って、テーブルに座り、正面からがぶりといく。これがもう、パンもナポリタンもハンバーグも一体となって、満足感も満腹感もたまらーん! 後日、駅ナカのハチにいくと、店の前には行列が。またテレビで紹介されたのだという。おいしい力は大きいなぁ~。3階に人も戻ってきたようでうれしい。

おぼえがき/コッぺ 日本で独自に発展

 コッペは和製語で、コッペパンともいう。コッペはフランス語のクーペ(切られるという意味がある)からきていて、切り込みのある紡錘形(ぼうすいけい)の小型パンのこと。

 1865(慶応元)年に幕府がフランスの造船技術技師を招いた時に伝えられたフランスパンは、当時、形状から鰹節(かつおぶし)パンと呼ばれた。このクーペと米国のホットドッグのバンズをもとに日本で独自に発展したのがコッペパンである。

 細長く、ふわふわでやわらかいコッペパンに切り目を入れ、ジャムやマーガリン、コロッケ、卵、焼きそばなどさまざまな総菜を挟むのは日本ならではの食べ方だ。

 また、戦後の1950(昭和25)年に米国から配給された小麦粉で学校給食が始まると、1食分の大きさから、ちょうど分けやすく衛生的なコッペパンが主流となり、80(昭和55)年まで重要な役割を果たした。

 「コペリタン」はJR仙台駅3階の、レストランハチ仙台駅店限定のテークアウト商品。

 土地には、その土地ならではの食があります。自他共に認める「いやすこ(仙台弁で食いしん坊のこと)」コンビ、仙台市在住のコピーライター(愛称「みい」)とイラストレーター(愛称「画伯」)が、仙台の食を求めて東へ、西へ。歩いて出合ったおいしい話をお届けします。
=次回は29日掲載=

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仙台いやすこ歩き

土地にはその土地ならではの食があります。自他共に認める「いやすこ(仙台弁で食いしん坊のこと)」コンビ、仙台市在住のコピーライター・みうらうみさんとイラストレーター・本郷けい子さんが仙台の食を求めて東へ、西へ。歩いて出合ったおいしい話をお届けします。

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