河北抄(6/22):43年前の宮城県沖地震では、宮城刑務所(…

 43年前の宮城県沖地震では、宮城刑務所(仙台市若林区)外周にあった高さ4メートルの赤れんが塀が被災した。約6割に当たる610メートルが倒壊または損壊した。
 このとき、収容していた受刑者らは約900人。地震が発生した夕刻は食事中で食器が飛び散った。鉄格子が音を立ててきしみ、悲鳴が上がった。雑居房では被害に関するデマも飛び交い、家族を心配して泣きだす人もいたという。
 仙台市発行の体験記集に刑務官が記している。「一瞬脳裏をかすめたのは、大量の逃走者が出るのではないかということであった」。計200人が倒壊した箇所に立ち、徹夜で警戒に当たった。消灯の午後9時には動揺は収まり、トラブルはゼロ。むしろ地震後は、房内でのけんかなど規則違反が減ったという。
 受刑者の中には「帝銀事件」で強盗殺人罪が確定した故平沢貞通元死刑囚がいた。絵や詩を創作しながら無実を訴えた。激しい揺れに驚いた様子だったが、刑務官に「大丈夫」と語ったとの記事が残る。都内の刑務所で亡くなる9年前。大地震にまつわる興味深い逸話である。

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