河北抄(6/16):山形を発して東京へ。再び東北入りした東京…

 山形を発して東京へ。再び東北入りした東京五輪の聖火を各地のランナーがつないでいる。

 陸路と海路の違いはあるが、かつて山形と東京を結ぶ物流網があった。そう、西回り航路だ。帆に風をはらんだ北前船が行き交い、コメの積み出しを担った酒田に富と上方の文化をもたらした。航路を開いたのは三重県出身の豪商河村瑞賢。日本海を調査して下関、瀬戸内海を巡って江戸へ至るルートを確立した。

 優れていたのは商才だけではなかった。瑞賢は暗礁が多い場所では陸地にかがり火をたかせたと伝わる。船が位置を把握できるようにとの配慮だった。漆黒の闇の中、航路を示した炎が聖火に重なる。現代の揺らめく光は社会の未来をどう照らしてくれるのだろう。

 五輪本番まで1カ月余り。新型コロナウイルス禍で開催準備は順風満帆とは言い難い。東京へ向かうリレーの終着を瑞賢も不安視しているに違いない。

 瑞賢が没したのは1699年。旧暦の6月16日だった。酒田市の日和山公園には立像も建てられている。

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