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七十七銀行、なぜ77なの 国内には16も105も114もあります

 東北最大の地方銀行といえば、もちろん七十七銀行。ですが、県外の人や子どもに「なぜに77?」と聞かれた時、スマートに答えられますか? Q&A方式で、数字の付いた銀行について深掘りしてみます。(編集局コンテンツセンター・佐藤理史)

現在の七十七銀行本店=仙台市青葉区

「第七十七国立銀行」として創業

 Q では早速、七十七銀行の七十七って?
 A 1878(明治11)年、「第七十七国立銀行」として創業したことに由来します。1898(明治31)年、株式会社に改まり、1932(昭和7)年の東北実業銀行、五城銀行との3行合併を経てなお、140年以上変わっていません。

 Q 元々は国立銀行だったの?
 A 国立銀行といっても国営ではありません。明治維新期の1872(明治5)年、近代的な銀行制度の確立を目指し「国立銀行条例」が制定されました。国立銀行はこの条例に基づき設置された民間資本の銀行です。金との交換が保障された兌換(だかん)紙幣を発行することができました。旧藩時代に乱発された貨幣や藩札を統一する狙いがありました。

1903(明治36)年、七十七銀行本店として芭蕉の辻に建てられた洋風建築=1932年11月撮影(カラー復元写真)

大蔵省の設立許可順 えっ?後ろから数えても…

 Q 77番目の国立銀行ってこと?
 A 大蔵省が設立を許可した順に番号を振って命名しました。日本初の銀行は1873(明治6)年に設立された第一国立銀行(東京)です。第一勧業銀行を経て、現在のみずほ銀行に受け継がれています。第二国立銀行は現在の横浜銀行、第四国立銀行は現在の第四北越銀行(新潟)へとつながっています。

 Q 七十七は設立が遅かったのかな?
 A 実は、前から数えても後ろから数えても77番目に当たります。1876(明治9)年、設置基準を緩和する条例改正が呼び水となり、全国で国立銀行の設立ブームが起こりました。第五までだった設置許可はその後の3年で第百五十三国立銀行(京都)に至り、当局は許可を打ち止めにしました。

 ちなみに一つ前の第七十六国立銀行は岐阜で設立され、現在の大垣共立銀行につながります。一つ後の第七十八国立銀行は大分で設立され、1909年に八王子第七十八銀行(東京)として解散しました。

国立銀行条例の大蔵省伺い(国立公文書館ウェブサイトより)

 Q なぜ株式会社に変わったの?
 A 1877(明治10)年に西南戦争が始まると、政府は戦費調達のため、大量の不換紙幣を発行し、激しいインフレが起きました。通貨安定のため、1882(明治15)年、中央銀行として日本銀行をつくり、紙幣発行を限定しました。

 国立銀行は営業開始20年を期限として、普通銀行への転換が求められたのです。これに伴い、1898(明治31)年、第七十七国立銀行は株式会社七十七銀行に変わりました。

 Q 七十七銀行の名前を変えようという動きはなかったの?
 A 行名の変更は過去に一度、検討されました。1932(昭和7)年当時、七十七銀行とともに宮城県の三大銀行といわれた東北実業銀行と五城銀行と合併した時です。

 「七十七銀行120年史」(1999年)には「井上(準之助)大蔵大臣に行名を一任した結果、東京株式取引所との関係もあって、引き続き『七十七銀行』の名称を用いることとなった」と書かれています。

 七十七銀行は1894(明治27)年から、東京株式取引所の株式売買の清算業務を行う「場勘業務」を単独で受託していました。合併後も役割を継承するため、行名は変えない方が良いと判断したとみられます。

1958年に新設された七十七銀行本店。東二番丁通と広瀬通の角にあり、1977年まで使われた

あの渋沢さんが創業支援

 Q 他行と合併する時が名前が変わるタイミングになりそうだね。

 A 1936(昭和11)年に準戦時経済体制に入ると、政府は一県一行主義を強力に推し進めました。七十七銀行は原町銀行、宮城銀行、仙南銀行、東北貯蓄銀行といった中小銀行を買収・合併しました。規模の違いもあり、この間も七十七の名は揺るがず、現在に至っています。

 七十七銀行の経営理念を記した行是には「銀行の発展は、地域社会の繁栄とともに」の一節があります。日本資本主義の父といわれ、第七十七国立銀行の創業を支援した実業家渋沢栄一(1840~1931年)の精神が息づいています。「七十七」の名は同行のアイデンティティーと深く結びついているのでしょう。

渋沢栄一(国立国会図書館ウェブサイトより)

 Q 数字が付いた銀行は他にあるの?
 A 国立銀行時代からの番号が残っている銀行は「ナンバー銀行」とも呼ばれます。純粋に番号だけを引き継いでいるのは十六銀行(岐阜)七十七銀行(宮城)百五銀行(三重)百十四銀行(香川)の4行があります。

 番号と統合前の行名を含んでいるのは2行。第四北越銀行(新潟)は2021年1月、第四銀行と北越銀行が合併しました。十八親和銀行(長崎)は2020年10月、十八銀行と親和銀行が合併してできました。

 ちなみに数字は音読みします。七十七は「シチジュウシチ」、百十四は「ヒャクジュウシ」、第四は「ダイシ」となります。「ななじゅうなな」「ひゃくじゅうよん」「だいよん」などとはなりませんので、気をつけてください。

 特殊な例として八十二銀行(長野)があります。いずれも国立銀行の番号を受け継ぐ第十九銀行と六十三銀行が1931(昭和6)年に合併しました。名称は足し算(19+63=82)に由来します。

 三十三銀行(三重)は2021年5月、三重銀行と第三銀行が合併しました。両行の強みをプラス(+)するという意味が込められているそうです。第三銀行の前身は第三相互銀行で、明治期の第三国立銀行(東京)との関連はありません。

完成当時の七十七銀行本店=1977年

 Q 七十七銀行のコードは77ではなかったような。

 A 金融機関コードのことですね。金融機関に割り当てられている4桁番号で、銀行コードとも呼ばれます。七十七銀行は残念ながら「0077」ではなく「0125」です。金融機関の業態ごとにグループ化されており、地方銀行は「0116」~「0190」と決まっているからです。

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