<まちかどエッセー・加藤美紀>シャルトル大聖堂の神秘

かとう・みきさん 東京生まれ。上智大大学院博士課程修了。ジェトロ勤務を経て、シャルトル聖パウロ修道女会会員。2014年仙台白百合女子大カトリック研究所所長、15年准教授。日本カトリック教育学会理事。著書「<生きる意味>の教育」で学会賞。将棋棋士の加藤一二三・九段の次女。

 中世以来あまたの巡礼者を誘(いざな)ってきた、フランスの世界遺産シャルトル大聖堂は、私が所属するシャルトル聖パウロ修道女会の母院の傍らに佇(たたず)む。カトリックのカテドラルだが、日本では神秘的なパワースポットと紹介される向きもある。

 シャルトル・ブルーとたたえられる圧巻のステンドグラス、プロジェクションマッピングで闇に輝く左右非対称の尖塔(せんとう)など見どころ満載だが、謎めく魅力もある。正面入り口の床が描く迷路の模様は、かつては跪(ひざまず)いて、今は歩いて瞑想(めいそう)するための祈りの道具で、他の聖堂では異端視されて消失したのに、なぜか現存している希少なラビリンス(迷宮)だ。柱の聖母と地下聖堂に安置される黒い聖母像は、地母神崇拝の痕跡をとどめる。

 聖母マリアがイエスを産むとき身に着けていたとされるベールは、12世紀の火災を奇跡的に免れて今なお聖堂内で崇敬されている。南のバラ窓の側、煌(きら)めく「美しき絵ガラスの聖母」の隣には、扉口の彫刻と同様、黄道12宮のサインがはめ込まれている。暦と季節の労働を描いたものだが、占星術のシンボルと重なるので、どこか秘教的な宇宙観を連想させる。

 若き日に占星術にハマったアウグスチヌスは、回心を経て占いの類を退けたと「告白録」に記す。占いは運命論と紙一重で、人間の自由意思の責任ある行使を妨げると彼は考えたようだ。さりとて運命の主人とはいえない私たちである。時にはっきりとした天啓を求めて上を仰ぎ、切実な祈りへの答えが閃光(せんこう)のごとく現れたかに見えることもあるのではないか。

 不朽の名作「夜と霧」の著者フランクルは、迫り来る大戦の気配におびえ、軍靴の音が響くウィーンに老いた両親を残して米国に亡命すべきか悩み抜き、シュテファン大聖堂で1時間ほど祈るが、答えは出ない。仕方なく家に帰ってみると、机上にがれきのかけらがあって、それは父親が襲撃されたシナゴーグから拾ってきたものだった。そこに刻まれていたのが、旧約聖書の十戒の一つ、「汝(なんじ)の父母を敬え」の最初の頭文字だと分かった時、彼は両親と故郷にとどまることが神様のおぼしめしだと悟った。

 人生を懸けて答えを求めざるを得ないことがある。ただ天啓に頼る他ないほど追い詰められた時、本人にだけ分かるサインが現れることは、ありうると思う。
(仙台白百合女子大カトリック研究所所長)

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まちかどエッセー

 仙台・宮城在住の執筆者が、それぞれの活動や暮らしで感じたことをつづります。


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