空飛ぶ75歳 パラグライダーでふわり 仙台・泉の木村三恵子さん

 きょう19日は敬老の日。仙台市泉区の木村三恵子さん(75)は古希にパラグライダーの魅力にはまり、多い時は週3日、泉ケ岳スキー場(同区)のスクールに通う。最愛の家族2人を失った悲しみから立ち上がり、大空を自由に飛び回る夢を追い続ける。(報道部・高橋葵)

装備を身に着けて準備する木村さん=泉ケ岳スキー場

家族2人を亡くした悲しみ乗り越える

 青空が広がった2日朝、泉ケ岳スキー場の丘の上に木村さんの姿があった。向かい風が弱まった瞬間、引き締まった表情でゲレンデを駆け降りた。ふわっと宙に浮き、空に吸い込まれるように飛び立った。

 パラグライダーとの出合いは、友人に勧められて体験した2016年。「空に浮いた感覚が楽しくて忘れられなかった。すぐに、もっと飛んでみたくなった」。体力的に不安だったが好奇心が勝り翌年、スクールに通い始めた。

 夫の喜樹さんは1993年、くも膜下出血で倒れた。家族で介護をしたが、今度は手伝ってくれていた長女雅美さんの心臓に悪性の腫瘍が見つかり、98年に27歳の若さで亡くなった。「本当にあっという間だった。見守ることしかできなかった」

 喜樹さんは心臓発作で7年後に他界。半年ほどは気を張っていたが、その後は力が抜け、食欲もなくなり体重はどんどん落ちた。

夢は単独飛行

 パラグライダーは、気落ちした日常を一変させた。体力をつけるため、食事の栄養やバランスに気を使うようになる。洗濯や庭の手入れもトレーニングと考え、生活が楽しくなった。

 インストラクターの指示の下で飛行できる日本ハング・パラグライディング連盟の「ノービスパイロット技能証」を2年前に取得。今はインストラクターの指示なしで飛べる「パイロット技能証」が目標だ。

 夫と長女の仏壇には、空を飛んだ時の様子を報告する。当初、猛反対した長男雅樹さん(49)も今は「けがしないようにやれよ」とエールを送る。

 「いつも2人が見守ってくれているような気持ち。2人を失ったあのつらさを乗り越えたから頑張れている」と木村さん。目標に向け体が動く限り飛び続ける。

パラグライダーで大空を舞う木村さん。右の白いドームは泉区のシェルコムせんだい

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