(471)一塊の粗塩として初日受く/高野ムツオ(1947年~)
新しい年が明けました。現代では時計とともに一年が切り替わりますが、昔は初日の出を望みながら新年の感慨に浸っていました。その光を、自分がまるで粗塩の塊であるような気分で受けたという句です。粗塩とは海水を乾かし、昔ながらの製法で作られた塩です。結晶の粒は不揃(ふぞろ)いで、お清めや盛り塩にも使うそうで…
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「秀句の泉」は、俳句の魅力を伝えます。執筆は俳人の永瀬十悟さん(福島県須賀川市)、浅川芳直さん(宮城県名取市)、及川真梨子さん(岩手県奥州市)の3人。古典的な名句から現代俳句まで幅広く取り上げ、句の鑑賞や季語について解説します。