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名取熊野三社 勧請900年 老女伝説を後世に<アングル宮城>

<鹿踊>熊野本宮社に伝わる「熊野堂十二神鹿踊(ししおどり)」。鹿頭の口が開いてカチ、カチと鳴る音で踊りの拍子を取る。伝承する年頭の板橋正春さん(80)は「首を振り続けるのが大変です」と汗をぬぐう=4月9日

 名取市高舘地区にある熊野本宮社、熊野神社、熊野那智神社は「名取熊野三社」と呼ばれる。紀伊熊野の神々を信じていた名取老女が、平安末期の1123年に勧請(分霊)したとされる。今年で900年で、三社であった春の例大祭は多くの人でにぎわった。

 名取老女は信仰に厚く、毎年のように紀州熊野に参詣していた。年老いてそれがかなわなくなり、勧請したとされる。中世から近世にかけて東北の熊野信仰はこの地から広まった。

 「老女の信仰の深さは京の都まで届き、天皇の后(きさき)の病を治したり、室町から江戸期に能で演じられたりと広く知られた」。名取老女研究会を主宰する虹乃美稀子さん(49)=仙台市宮城野区=は、母方の実家に名取老女伝説が伝わる。

 三社も老女も、もっと知られていい存在だろう。地域では夏や秋にも行事を予定し、節目の年を盛り上げようとしている。
(岩沼支局・高橋鉄男)

<伝承>子どもたちにも分かりやすく伝えようと、紙芝居「名取老女ものがたり」を制作した虹乃さん。有志で勧請900年実行委員会を結成し、イベントで披露する=3月25日、熊野神社
<神楽>春うららの日差しに包まれる熊野神社。「熊野堂神楽」や「熊野堂舞楽」が池に囲まれた神楽殿などで披露され、多くのファンが詰めかけた=4月16日
<尊敬>名取老女の徳をしのんで1811年に地元の人が建立した石碑(左奥)。紀州まで毎年参詣した健脚にあやかろうと、わらじが奉納されている=名取市下余田飯塚
<定着>熊野那智神社で第3日曜に開かれる「那智てづくりマルシェ」は6年目。物販など約20の出店とステージ演奏があり、実行委員会は「コロナ禍でも続け、音楽好きや地域に定着した」と喜ぶ=4月16日

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