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「日本で土葬はできない」ってウソ?ホント? ムスリム対応で物議…ネット情報の真偽を調べる<かほQチェック>

 宮城県が宗教上の理由で土葬を必要とするイスラム教徒(ムスリム)向けに、県内で新たに土葬に対応できる墓地の整備を検討しています。2024年10月に村井嘉浩知事が表明すると、ネット上でさまざまな声が噴出しています。国内の土葬を巡る実情を調べてみました。

「かほQチェック」とは?

インターネット上では「本当かな?」と首をかしげてしまう情報が「事実」としてあふれています。そのような情報の真偽を河北新報記者が確かめて、読者のみなさんに判断してもらうための記事を配信していきます。(タイトルは「河北新報が世の中のクエスチョン(疑問)をチェックするコーナー」の略称です)

「宮城県、土葬墓地検討」にSNSでは…

[調査対象]2024年10月以降、宮城県が検討する土葬対応の県営外国人墓地について、主にX(旧ツイッター)上で拡散されている主張(「日本で土葬はできない」「土葬は地下水や土壌を汚染する」「遺体が腐食すると毒物がしみ出す」など)

埼玉県本庄市にある土葬対応の墓地=2023年5月

【Q1】土葬は地下水や土壌を汚染する?毒物がしみ出す?

 世界保健機関(WHO)は、1998年に発表したリポート「墓地の環境と公衆衛生への影響」で、結論として、地下水汚染の程度は「墓地の規模や埋葬数、地質特性に大きく依存する」と指摘します。適切な土壌環境を選定すれば「環境や公衆衛生への影響を最小限に抑えることができる」と説明しています。

WHOリポート「墓地の環境と公衆衛生への影響」

 具体的には、墓地の立地は飲用の井戸などの水源から250メートル以上の距離を取ることや、水が浸透しにくい粘土質の含む土壌のバランスが良い場所の選定、地下水面から最低1メートル以上の距離を確保することなどを挙げました。地下水質のモニタリングや十分な排水設備の設置、墓地周辺に根の深い樹木を植えるなどの対策も有効だとしています。

 遺体の腐敗速度の目安は、地上(空気中)が1週間なら水中は2週間、地中は8週間とされています(法医学「キャスパーの法則」)。腐敗を進める細菌や微生物による分解が不完全だと、アンモニアや硫化水素が発生して悪臭が出ます。

法医学「キャスパーの法則」

 アンモニアは有機物の腐敗過程で生成されるため、人体に限らず、動物が腐敗しても同様に発生します。たい肥などの有機肥料や生活排水でも発生します。

 地中のアンモニアは微生物によって「亜硝酸態窒素」に変化します。地中の酸素が少ないと、亜硝酸態窒素は完全に分解されずに蓄積し、そのまま地下水にしみこむ恐れがあります。亜硝酸態窒素を人が大量に摂取すると、体内で酸素を運ぶ血液中のヘモグロビンと結びつき、特に乳幼児は酸素濃度が低下して皮膚が変色するチアノーゼを起こす可能性があります。国が食品や飲料水の基準を設けています。

「微生物」について(東京都水道局「水をきれいにする生物」)
食品や飲料水の基準(農林水産省「食品安全に関するリスクプロファイルシート 」)

 農林水産省は公衆衛生の観点から、家畜を地中に埋却する場合のガイドラインをまとめています。飲料用の水源の近くや地下水位の高い場所を避け、体液を吸収するために「覆土の厚さは少なくとも2メートル以上が望ましい」とされています。幅と深さが4メートル、長さ10メートルの溝であれば、埋却できる目安は75キログラムの肥育豚約140頭とされます。

農林水産省ガイドライン(家畜伝染病予防法に基づく焼却、埋却及び消毒の方法に関する留意事項)

【Q2】日本で土葬はできない?

 国内での土葬は法律で認められています。墓地埋葬法は第1条で「墓地、納骨堂又は火葬場の管理及び埋葬等が、国民の宗教的感情に適合し、且つ公衆衛生その他公共の福祉の見地から、支障なく行われること」を目的に掲げ、第2条で「この法律で『埋葬』とは、死体を土中に葬ること」と明記しています。

墓地埋葬法

 厚生労働省の「衛生行政報告例」によると、2023年度の胎児を除く遺体の土葬は全国25都道府県で94件、火葬は160万5751件ありました。国内の火葬率は99・97%に上り、世界一の水準となっています。ただ、1960年代半ばの火葬率は60%代で、土葬も広く行われていました。

THE CREMATION SOCIETYより引用
厚生労働省「衛生行政報告例」
火葬に関する国際統計(出典:THE CREMATION SOCIETY)
平成25年度総括研究報告書 「大規模災害時における遺体の埋火葬の在り方に関する研究」
厚生労働省指針「墓地経営・管理の指針等について」

 墓地の設置運営の許可は市町村の固有事務とされ、首長が許可権限を持ち、土葬を認めるか否かは自治体ごとに条例で規制を設けて判断しています。厚生労働省の指針は、墓地の設置場所について土葬、火葬にかかわらず「地域の実情に応じて学校、病院その他の公共施設、住宅、河川等との距離が一定程度以上」設けるよう求めています。個別の規制条件は、各自治体の考え方に委ねられています。

 例えば、仙台市は原則として墓地を「焼骨」の埋葬場所としているものの「飲料水を汚染するおそれがなく、公衆衛生や公共の福祉を維持するために支障がない」と市長が判断した場合に限り、例外的に土葬を許可しています。

仙台市墓地、埋葬等に関する法律等の施行に関する規則

 土葬可能な民営墓地がある埼玉県本庄市の条例は①河川や湖沼から20メートル以上離れていること②公園、学校などの公共施設や住宅から100メートル以上離れていること③飲料水を汚染するおそれのない場所であること-を墓地設置の条件としています。

埼玉県本庄市墓地、埋葬等に関する法律施行条例

 市立外国人墓地のある神戸市は、土葬をする際に「地表から棺の上面まで1・5メートル以上の深さを保たなければならない」と、条例と規則で定めています。伝染病で亡くなった人を埋葬する場合は、地表から棺の上面までの深さを2メートル以上とし、棺の周囲に消毒効果のある石灰を詰めるよう求めています。埋葬の際は墓地管理事務所の職員が立ち会います。

神戸市立外国人墓地条例施行規則

東北医科薬科大の高木徹也教授(法医学)の話

「一般的に、酸素が入りづらく水分が多い土壌に遺体が埋められた場合、自然分解が進みにくく、腐敗過程で発生するアンモニアから生成される亜硝酸態窒素は地下水汚染の原因になり得る。土葬可能な墓地の整備を検討するのなら、知見を整理して土壌や地下水脈の調査を徹底する必要があるだろう」

各地からムスリムの土葬を受け入れる本庄児玉聖地霊園。土を盛っただけ(手前)など墓の形はさまざまだ=2023年5月、埼玉県本庄市

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