困難乗り越え感謝の舞 震災の年ハワイアンズ入社のフラガール引退

最後の舞台で踊りを披露するアウリイ晴奈さん

 2011年春、スパリゾートハワイアンズ(いわき市)のフラガールとなった地元出身のアウリイ晴奈(本名・鈴木晴奈)さんが、27日夜の舞台を最後に引退した。東日本大震災と東京電力福島第1原発事故直後の混乱を知る最後の踊り手。さまざまな困難を乗り越え、感謝の思いを込めてラストステージを舞った。
 入社を控えた11年3月、震災と原発事故が起きた。4月1日に予定されていた入社式は延期に。約1カ月遅れの式は地震の影響で施設に入れず、隣接のゴルフ場で開かれた。
 フラガールは5月、被災者を元気づけようと避難所を回るキャラバンを始めるが、デビュー前の新人は居残り。通常の練習場は使えず、男子寮の会議室で日々レッスンを受けた。「自分も早くつらい思いをしている人たちを励ましたい」。もどかしさが募った。
 ハワイアンズは10月に営業を一部再開。例年より3カ月遅い初舞台は仮設ステージだった。映画「フラガール」を見て憧れた本舞台に立ったのは4カ月後の12年2月。「やっとの思いだった」と振り返る。
 17年に念願のソロダンサーに選ばれ、キャプテンを任された。18年には地元であった太平洋・島サミットや被災地を訪問された天皇皇后両陛下の前で踊りを披露。チームの中心として復興や風評払拭(ふっしょく)を発信する先頭に立ってきた。
 直後に西日本豪雨が起き、震災後の先輩ダンサーたちの姿を思った。今の自分にできることは何か。足は被災地に向いた。後輩と共に広島市を訪れ、仮設住宅で踊った。19年には全国キャラバンを展開。九州など各地の相次ぐ災害の被災地を巡り、笑顔を届けた。
 広島で出会った高齢者夫婦が印象に残る。「いつか会いに行く」と話した2人は後にハワイアンズを訪れ、再会を果たした。「先輩から受け継いだ絆の精神は本物だった。途切れさせてはいけないものを後輩にも伝えられた」と思った。
 ハワイアンズは新型コロナウイルスの影響で3カ月間休館し、フラガールも自宅待機や練習自粛を余儀なくされた。施設は7月に営業を再開し、舞台も復活。今春入社の新人が9月にデビューを果たし、一区切りついた。
 「多くの人に支えられ、さまざまな経験ができた。感謝の気持ちでいっぱい」。最後の舞台でも、ハワイ語で「優雅」を意味する「アウリイ」の名にふさわしい舞いを見せ、笑顔を輝かせた。今後は会社の別部門で働く。「こんな時期だからこそ、前を向いて進んでほしい」と後輩に思いを託した。

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