「あの日から」第7部 荒浜っ子(4) 松原晴太さん 一緒に五輪へ、誓い励む

五輪出場を目指し、練習に励む松原さん=2020年11月、グランディ21

 無駄のない動きで水中を滑るように進む。「水泳でオリンピックに出場する」。小学校の時に掲げた目標に向かって前へ、前へ。
 宮城県利府町の県総合運動公園(グランディ21)のサブプールで昨年11月下旬、仙台市若林区の松原晴太さん(17)が水泳部の練習に励んでいた。東北学院高の2年生。約2時間、計6100メートルのメニューをこなした。

 東日本大震災時は荒浜小の1年生。家族は全員無事だったが、荒浜地区にあった2階建ての自宅は1階部分を津波が突き抜けた。
 荒浜小も津波で打撃を受け、震災の約1カ月後、東宮城野小(宮城野区)校舎で授業を再開させた。東宮城野小の同学年には、卓球界の最年少記録を次々に塗り替え、後に東京五輪代表に選ばれる張本智和選手(17)がいた。
 ロンドン五輪卓球女子団体銀メダルに輝いた福原愛さん(32)=仙台市出身=が、荒浜小を訪れる機会があった。低学年だった張本選手がラリーをした。
 「普段は普通の小学生なのにすごい」。世界トップレベルの選手と堂々と打ち合う。その姿を見て、松原さんは夢の舞台だった五輪を身近に感じた。
 同じ敷地で学ぶ両校はともに1学年1クラスの小規模校。6年生の修学旅行は1台のバスに同乗し、会津若松市に行った。松原さんは「僕も五輪を目指している」と話し掛け、張本選手とツーショット写真を撮った。

 2016年3月、荒浜小は142年の歴史に幕を閉じた。最後の卒業生は松原さんら8人。水泳の強豪、東北学院中・高に進学した。
 3歳の頃からスイミングスクールで練習を重ね、高校1年時は1500メートル自由形で全国高校総体(インターハイ)に出場した。結果は散々だったが、「次の大会で優勝」と新たな目標ができた。
 だが、新型コロナウイルス感染症の影響で昨年の大会は中止となった。日本オリンピック委員会(JOC)ジュニアオリンピックカップ大会も春季、夏季ともになくなった。高校が臨時休校となり、練習できない期間が約2カ月続いた。強みだった後半の伸びが失われた。
 昨年9月の県高校新人大会はフォームの修正を意識して200メートル自由形に挑んだ。記録は1分54秒87の大会新。「よっしゃ!」。苦しみ抜いた末の自己ベストに思わずガッツポーズした。
 思い描いていた計画では張本選手と同様、高校生で東京五輪への出場を決めるはずだった。予定は狂ったが、24年のパリ五輪は「張本選手と一緒に出場する」と誓う。
 200メートル自由形の五輪出場タイムにはまだ届かない。でも、震災が結んだ2人の人生を再び交差させるのは、もう夢物語じゃない。伸び盛りの自分を信じている。

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