<震災10年 焦点>都市ガス復旧 ITで大幅短縮へ 仙台市、オンライン報告システム導入

震災発生当時、都市ガス復旧のため家庭のガス器具を点検する応援の作業員=2011年3月、仙台市青葉区

 東日本大震災後の約10年間で、災害時の都市ガス復旧が早まっている。震災時は復旧まで最大2カ月近くを要し「回復の遅いライフライン」との印象を与えたが、供給再開プロセスのIT化が進み、作業日数の大幅短縮を実現。仙台市ガス局は開閉栓作業のオンライン報告システムを導入し、次なる災害への備えを急ぐ。
(報道部・小木曽崇)
 1995年の阪神大震災以降の主な大規模災害で、都市ガス復旧に要した最大日数は表の通り。供給停止戸数の違いや他の要因も影響しているが、東日本大震災の54日に比べ、2016年の熊本地震は15日、18年の大阪北部地震は7日と短くなっている。
 東北最大規模の仙台市ガスは、津波で宮城野区にある港工場の製造施設が冠水し、約36万戸の全需要家への供給が停止した。全国のガス事業者が応援を送り込み、業界総出の復旧作業を展開したが、供給の全面再開までに36日かかった。
 被災した都市ガスの供給再開には(1)家庭など供給先のガス栓の閉栓(2)道路に埋設されたガス導管の検査・修理(3)供給先のガス設備の検査(4)ガス栓の開栓-のプロセスを踏む必要がある。
 市ガス局によると、震災時はガス栓の開閉に訪れた作業員が、現場で紙の伝票に訪問日や顧客氏名、メーター番号、累積使用量、家屋の被害状況などを記入。夕方にガス局庁舎に戻ってパソコンに入力し、復旧の進み具合を把握して翌日の作業計画を立てていた。
 全工程の終了は毎日午前1、2時ごろ。大友辰男製造供給部長(56)は「徹夜の日もあったが、早くガスを通したい思いで懸命だった」と振り返る。復旧状況を即時につかめず、開栓を終えた家庭に作業員が再度訪問する無駄も生じた。
 そもそも、約36万戸分の白紙の伝票を印刷するだけで膨大な作業。用紙の不足や、プリンターが故障するなどのトラブルにも見舞われ、復旧作業を遅らせる一因となった。
 震災後、課題を解決すべく登場したのが、東京ガスが開発した作業状況報告システム「DRESS(ドレス)」。作業員が開閉栓した現場で「お客さま番号」などの情報を端末に入力するだけで、事業者は復旧作業の進行状況をリアルタイムで把握できる。
 各地の事業者が自社仕様に改修して使うことができる。震災後の災害では新システムが威力を発揮し、復旧日数の短縮に結び付いた。東ガスの担当者は「スマートフォンなどで操作でき、応援作業員も簡単に作業結果を報告できる」と説明する。
 仙台市ガス局は19年秋にシステムを導入した。担当者は「作業員は一日中、現場を回れるようになり復旧のスピードが増す。進展状況も即時に把握でき、ガス利用者への広報が迅速に行える」と利点を強調する。

停止基準見直し、供給区域を細分化 仙台市ガス

 東日本大震災後、災害時の都市ガス復旧は大幅に早くなったが、国は一層の期間短縮を事業者に求めている。電気や水道と比べると、都市ガスの復旧はまだまだ遅い。仙台市ガス局も供給停止の基準を見直し、バックアップ機能を強化するなど震災の教訓を生かす。
 「いったん都市ガス供給が停止すると、復旧にはかなりの手間が掛かる」
 大阪北部地震の発生から約5カ月たった2018年11月。東京都内であった国の審議会で、経済産業省の担当者が問題提起した。
 各事業者は地震発生時に爆発や火災などの二次災害を防ぐため、被害が大きなエリアだけガスを止められるよう、供給区域を複数のブロックに分割している。
 建物の揺れの大きさを表す「SI値」=?=が、ブロック内で60カイン以上を記録した場合、ガス供給を緊急停止するのが当時の基準だった。経産省は大阪北部地震以前からブロックごとに耐震性を判断し、基準値を60~90カインと幅を持たせるよう提案していた。
 同省の担当者は審議会で「新基準だったら、(大阪で供給停止した約11万戸のうち)6万戸は回避できた可能性がある」と見直しの必要性を改めて強調した。供給停止戸数を可能な限り抑えるため、ブロックの一層の細分化も提言した。
 国の動向を背景に仙台市ガス局は昨年10月、ブロックごとの緊急停止の基準を60~90カインに設定した。東日本大震災時は11だったブロック数も、市中心部の1ブロックを4分割するなどし、16に細分化した。
 復旧期間のさらなる短縮に向け緊急時対応の見直しだけでなく、製造・供給設備の強靱(きょうじん)化やバックアップ機能の強化などにも取り組む。
 震災では、液化天然ガス(LNG)基地になっている港工場(宮城野区)が被災した。津波で電気室が浸水して電源を喪失。設備損壊で海外のLNG船の受け入れができなくなった。
 新潟-仙台間のパイプライン(総延長約260キロ)があり、原料が枯渇する最悪の事態は免れたが、調達した天然ガスは港工場で付臭加工する必要があった。工場内のがれき撤去や仮設電源の設置などに時間を要し、供給再開が遅れた。
 教訓を踏まえ、市ガス局は水への密閉性が高い扉を電気室に取り付け、LNG船の係留監視所、製造設備などを高所に移設した。
 14年にはパイプラインに直結する「バックアップステーション」を名取市に新設。港工場を経由しないで付臭加工し、直接供給することが可能になった。
 氏家道也ガス事業管理者は「1カ月以上に及んだ供給停止でご迷惑をお掛けした震災を教訓とし、災害に強い態勢の整備に努めている。安定供給はガス事業者の使命だ」と話す。

東日本大震災で液化天然ガスを送るパイプが断裂し、供給が停止した仙台市ガス局港工場=2011年3月19日、仙台市宮城野区

[SI値]建物が地震でどれだけ大きく揺れるかを数値化した指標。仙台市ガス局によると、東日本大震災は供給区域内で最大147カインを記録した。地震後、60カイン以上あったエリアの約7万戸の供給が緊急停止し、その後の津波で港工場が冠水し、全約36万戸の供給が止まった。

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