太宰治、運動も数学も好成績 旧制青森中在学時の成績表公開

旧制青森中の成績表の一部。「津島修治」と書かれた欄には、高い評点が並ぶ(画像の一部を加工しています)
旧制青森中時代の太宰治(弘前大付属図書館蔵)
第三学年級乙組学年試験成績表

 青森高(青森市)は、作家太宰治(1909~48年)が同校の前身である旧制青森中在学時の成績表9種類を公開した。1~4年生の学期末や学年末に作成され、4年時の一つを除く8種類が初公開。いずれも学級や学年の上位に入る結果を残し、4年間を通じて優秀な学業成績を維持したことがうかがえる。

 五所川原市金木町出身の太宰は23年4月、青森中に入学。5年制だった旧制中学を27年3月、1年早い4年で卒業した。青森高によると、教材資料室の段ボールに保管されていた成績表が数年前に見つかった。

 成績表は学級単位など1枚にまとめられ、生徒名を一覧できる。26(大正15)年の「第三年級乙組学年試験成績表」と題した資料には、太宰の本名「津島修治」と記された欄があり、横に科目別の評点が並ぶ。「席次3」「165人中」との記述もあった。

 多くの科目で90点台を獲得し、国語漢文の「文法」と数学の「代数」は100点。文系科目だけでなく、理系科目でも好成績を収めたことが読み取れる。国語漢文の「作文」は81点だった。運動に縁遠いイメージと異なり、「体操」も90点と高得点だった。

 他の資料を見ても、総合得点で学年10位以内に入ることが多かった半面、全般的に「地理」が振るわなかった。10段階で評価した成績表もあり、各科目で9や10の高い評点が目立つ。遅刻や欠席は一つもなかった。

 4年時の成績表で「席次4」と記された1種類は、太宰の没後20年ごろに公開された記録がある。残る8種類について長女津島園子さん(昨年4月に死去)らの了解が得られたため、生徒会新聞「青高新聞」で昨年12月に紹介した。

 新聞刊行委員会顧問の西谷ともえ教諭(46)は「旧制弘前高(現弘前大)時代に学業をおろそかにしたとされる一方、青森中では優等生だった。意外な一面も見える。親近感がある先輩として、生徒の励みになるのではないか」と話した。

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